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「全員、士官に昇格だって〜」
ラディックが扉を開けながら、嬉しそうに報告すると室内に集まっていた<我が女神号>の士官候補生達は歓声をあげた。久しぶりのベリアの港だったが、帰港もそこそこに候補生達は王城へ移送され順番に審問を受けていたのだった。夜はとっぷり更けている。
一通り全員が聞き取りを受け、今日は王城にそのまま留め置かれる様だった。しかし、そこにいるのは下級生6人だけである。
「良かったね」
「あぁ。これでリンガも卒業だな」
それぞれの胸に色々な思いが交錯する。
「みんな、卒業の後は決めてるの?」
ラディックが恐る恐る口火を切る。
「サグレスは軍隊に入るんだよね?」
「あぁ!もちろん!絶対偉くなってみせる」
その物言いに、皆が笑いに包まれる。
「俺も軍に残ろうかな」
シナーラもポツリと呟く。もともとは海を越えてエルフの国を探しに行く夢のためだったが、それは別の形でかなってしまった。
「俺は父上の様にサイガニアのために働くつもりだ」
グァヤスが精一杯背筋を伸ばして宣言する。その肩を叩いてデワルチが口を開く。
「俺は店を大きくする。海を渡って色んな物を見るのが楽しみだ。もちろんサイガニアにも行くからな」
デワルチとグァヤスが目を見交わして笑っている。最初の頃は喧嘩ばかりだったのが嘘の様だ。
「私は船大工になろうと思います。子供の頃からの夢だったので」
ゆっくりとグロリアも口を開く。その目はキラキラと輝いていた。皆、口々に自分の船をよろしく頼むとまぜっ返す。
「僕は……」
ラディックは言い淀んだ。今までなんと無くここまで来ていた。やっと何か出来るかもしれないと思うところまで来たところの様な気がする。
「ゆっくり決めれば良いんだよ」
デワルチがラディックの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。自然と笑いが起こっていた。
ふと、部屋の外をゲオルグが通り過ぎるのを見かけたサグレスは座からそっと抜け出して後を追った。その様子に気がついたシナーラも後を追いかけた。それぞれその様子には気がついたが、そのまま皆は話を続けていた。
サグレスに声をかけようとしたシナーラは横から来た人影と鉢合わせしてしまった。その人物はとても小さくてシナーラは気がつけなかったのだった。
「無礼者!」
鋭く叱咤されて、シナーラは面食らった。着ている物からは貴族の子弟と判るものの言葉つきとは似つかわず、それはとても幼い少女だったのだ。
「淑女には道を空けるのが騎士の務めと心得よ。この粗忽者」
「え?えぇ??」
「如何したか?わらわの美貌に言葉も失ったか?」
「いや?ちょっと……誰?」
「このイングリア一の美女ディアナを知らぬとは、無知め。しかとその目に焼き付けよ」
つんと鼻を逸らした少女は確かに年相応の可愛らしさは持っているが、イングリア一とは距離を感じるシナーラのその態度が気に入らなかったのか、少女は手にしていた扇でシナーラの脇腹を小突いた。
「痛っ」
「わらわの美貌を疑っておるな。しかし、わらわの美しさは保証済みじゃ。何故なら兄も姉もイングリア一の名を欲しいままにしておるが、それもその末姫であるわらわが長じるまでの事よ」
扇を開いて優雅に口元を隠して笑うディアナを見ながらもしかして、とシナーラは考えた。
(この子はエスメラルダの妹……なのかな?)
シナーラが信じたと思ったのか、ディアナは一人ご機嫌で話続けている。
「よく見れば、そなたまぁまぁの容姿であるな。よし、明日わらわはエディラ様の戴冠式の侍従を務めるのじゃが、そなたを我が従者としてやろう。光栄に思うが良い」
「いや、ちょっと待って!」
話の展開についていけないシナーラであった。