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「騒がせたな。俺たちは、俺たちの世界は人界から遠く離れていく。俺たちの話はここでお終いだ。俺は結構お前さん達が好きだから、心残りがない訳では無いが、こればかりは一の神リューンの御心の定めの通りだ。まぁ、達者でやってくれ。ロウルとジョアナの子供達」
優しい笑いを口の端にのせて、戦神ザースは微笑んだ。その目はさらに遠く大陸の方まで見晴るかす様だった。
「あちらの方も、そろそろカタがつく頃か。名残は惜しいが、そうも言ってられんでな。『産めよ増やせよ、地に満ちよ』俺たちと離れて自由に生きるが良いさ」
そう言い残して、ザースは手にした剣を大事そうに抱え直すと、ふぃとかき消す様にサグレス達の目の前から消えてしまった。
天空を騒々しくも静かに埋め尽くすあやかしの大群を見送って、岬には静寂が訪れていた。
「ソルか。大騒ぎになったな」
ポツリと呟いてルーディンはルギオンに向き直る。ルギオンの背には輝くばかりの純白の翼が生えていたが、それは片翼だけだった。その唇は血が滲むほど噛み締められている。
「どうしてお前が剣の在り処を知ったかは、後でゆっくり聞いてやる」
ドーラとジャスパがルギオンを取り押さえている。
「魔王!貴方程のものが状況を理解していないとは思わない。このままで良いのですか!?」
両腕を捉えられながら、必死に訴えるルギオンにルーディンの瞳は暗い影を投げかけている。その答えは一言だった。
「あれは、シグルスの為の剣だ」
尚も何かを訴えようとするルギオンの声は、しかしその姿とともに消えていた。岬にはルーディンただ一人だった。
ザースの姿が消えた後、しかしナイジェルニッキは手近な剣を拾って構え直していた。気を失っているのかそのまま倒れこむエディラを慌てて抱きかかえ、サグレスはエディラを背後に庇う様にナイジェルニッキに背を向けた。まだナイジェルニッキは十分に危険な敵だった。
その時、イーグルが手にした剣をしっかりと構え、傍からナイジェルニッキに突進してきた。頭の中はあの日の光景が狂おしく蘇る。
「ナイジェルニッキ!何故ウェイの郷を襲った!」
その突進に気づいて、避けるナイジェルニッキではあったが、イーグルの剣は僅かにナイジェルニッキの脇腹を掠めたのか、血しぶきが上がり、ナイジェルニッキは避けた勢いで舷側へ叩きつけられていた。
「お前はあの郷の者か?まだ生き残りがいたとはな」
痛みを感じないのか、不敵に笑うナイジェルニッキにとどめとばかり剣を振り上げたイーグルとナイジェルニッキの間に風の様に割り込んだ者がいた。
モカルだった。今、その瞳はしっかりとイーグルを見上げている。