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二十二話 -年末年始の物語-【10】

 そして、二十分後――


「おまたせしました。十割蕎麦になります」


 そう言って、店長さんは私達の前に高級そうな器に入れた蕎麦を差し出してくれた。


「へぇ、意外と見た目は普通の蕎麦なんですね」

「ちょっと翔子、なに店長さんの前でそんな事を言っているの」

「ははっ、見た目は他の蕎麦と全く同じなのは事実ですよ。問題は、味。あえてそば粉だけを使っているには、もちろん理由があります」


 軽く笑って店長さんは言う。


「……理由は、食べてみれば分かると」

「その通りです」


 店長は私達に割り箸ではない、ちょっと高そうな箸を差し出し、食べるよう勧めてくる。

 確かに匂いは普通の蕎麦。

 普段よりは、ちょっと強めに蕎麦の香りがするかもしれないけれど。


「いただきま~す!」

「あっ……」


 ずる……ずるるる…と、大きな音を立てながら、翔子は豪快に蕎麦を口の中へと入れていく。

 お高めな蕎麦なんだから、もうちょっと味わって食べることを意識すればいいのにと思いつつも、特盛を頼んでいる時点で、味を噛み締めてなんていうことは深く考えていないのだろうなと私は思った。

 昨日まで仕事していて、食事制限もしていただろうから、なおさら食事に欲求的なんだろう。


 翔子の豪快な食べっぷりを見て小さく笑い、私も蕎麦を口の中へと入れる。


 ずる…ずるる……


 私は翔子と違い、少しずつ蕎麦を口の中へと含めてゆっくりと噛みしめることにする。

 安くしてくれるとはいえ、無料と言われているわけではないからだ。

 お金を払う以上、全力で元を取れるように味わい尽くすのが、せめてもの目標だ。


「…………」


 う〜ん、いつもよりザラザラ……?

 多分、小麦粉とか使っていないせいで、そば粉特有の食感っていうやつなのかな?

 嫌いって言うわけじゃないけど、なんだか独特?

 感じたことがない食感に、ちょっと戸惑いを感じる。


 プツッ……


 あっ、口の中で蕎麦が千切れた。

 ちょっと舌で触れただけなのに、ポロポロと粘土細工のように崩れていくのが分かる。

 普通の蕎麦なら、そういうことはないのに。


「十割蕎麦は、美味しさの追求というよりは、そば粉の香りを強く楽しんでもらうために生み出されたメニューなのです。食感やのどごしで言ってしまえば、市場に出回っている二八蕎麦がやはり一番になると思います」


 店長さんが食べている私達の前で言う。


「じゃあ、私は二八蕎麦のが好きかもしれないなー。これも美味しいけど、かっこむときの食感がつるつるしているのが好きだから」

「ちょっと翔子! せっかく十割蕎麦出してくれたっていうのに」


 素直に感じたことを言ってしまうのは昔から変わらない翔子の性格。

 今言うべきではない言葉でも、ドカンと投下してしまうのは恐ろしい点だと言える。

 しかし――


「まあまあ。十割蕎麦と二十八蕎麦は、長年、どっちが美味しいのだろうかと永遠と決着のつかない議論が交わされているくらいです。意見が分かれるのも当然でしょう」


 と、何事もないように翔子の言葉を笑って流す。


「そちらのお嬢さんは、いかがですか?」

「……えっ、わ、私ですか……?」


 この状況で私に振ってくるというのか。

 なんともタイミングの悪い。

 だが、私の答えは決まっている。


「私は、十割蕎麦は好きかもしれないです」

「ほう、それは一体なぜですかな?」


 質問の答に興味を示した店長さんが、私の目を見て訊いてくる。

 あまりグルメな答えを言えるほどにボキャブラリーがあるわけではないが、感じたことを言うなれば、こういう返答となる。


「確かに十割蕎麦は、ザラザラして、すぐにちぎれるし、食感がいいって言うわけでもないですから、普段からツルツルとした蕎麦を食べ慣れている身としては、直感的に美味しいって感じ取るのは難しいのかなって思いました。これが第一印象です」

「なるほど、もっともな回答です。で、なぜそこから好印象へと変わっていったのですかな?」

「私、今回のお代を支払う担当になっていまして、恥ずかしながら……お金を払う分には、全力で味わっておかないともったいないという意識のもとで蕎麦の一本一本を強く噛み締めていたんです。それで、十割そばの特徴に気づけました」

「お姉ちゃんケチだねー。貧乏性をここでカミングアウトしなくてもいいのに」


 奢られる味の妹が何を言っているか、という言葉を飲み込みつつ、私は感想を続ける。


「噛めば噛むほど、蕎麦の香りが強く感じられるな〜って思いまして、こういうの滅多に言わないんですけど、食材の味そのもの? っていうのって、これのことを言うのかなって感じました」

「……なるほど、食材そのものを感じて美味しさを……」


 店長さんは、興味を示すように私の言葉に反応する。

 正直、言葉にするのは難しかったが、私なりの精一杯で作り上げた回答だ。

 だが、その言葉を聞いた店長さんは、一言――


「ありがとうございます」


 と、一言いい、深々と私達に向かって礼をしたのだ。

 そんな状況で、いえいえいえとしか言えない私達だったが、頭を上げて店長さんは、こう続けて私達に語った。

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