第3話
僕にはダニエルという自慢の叔父がいて、一時期は近所に住んでいたからよく遊びに行った。僕が生まれるずっと前に故郷を出たらしいのだが、突如ひょっこり帰ってきたのだ。一時期、というのは具体的な数字にするとたった三ヶ月ほどで通ったのは週に二回、多くても三回という程度だったから大した数ではないのだが、それでも思春期に入って間もない僕に彼が与えた影響は甚大だった。学校帰りや休日の昼下がりなど、今日はどんな話ができるかと胸を躍らせながら、てくてく歩いて通ったものだ。
叔父さんちに行ってもいい、と尋ねた時は、まだ彼があの広くてカビ臭いアパートメントの三階に越してきたばかりだったはずだ。それまでの僕はそんなに近い親戚が自分にもあるなんて考えもしなかったから、とくべつな関係を得たことがわかって興奮しきりだった。相手の素性だとか、うちの両親とうまくいっているかどうかとかは一切気にしてはおらず、我に返ると右手には既にダイヤル済みの受話器が握られていた。今思い返せば、彼の実の兄である僕の父が番号を教えるのをあんなに渋ったあたり、明らかに仲は険悪だったのだが。
そんなわけだから、僕の突然の申し入れに、叔父はやや困惑したように黙りこんでいた。幼いながらも回線の向こうにいる相手が戸惑っていることくらいは感じられた。すぐに謝って電話を切ろうとした時、いいよ、という声が聞こえた気がした。え、と受話器を再び耳に押し付けると、彼は苦笑しつつもはっきりと「いいよ」と言った。
日取りを決め通話を終えて、両親に報告したら、顔に浮かぶ不快の色を彼らは隠そうともしなかった。詳しく言えば、ソファに並んで座っていた二人の眉が揃って繋がるくらい。でも、まあいいんじゃないか、と不承不承ながらも父は訪問を許可してくれ、母は不満そうではあったものの異議を唱えはしなかった。
というわけで次の土曜の午後、リュックサックに手土産やら何やらを放り込んで家を出、賑やかな通りを歩いてゆき、叔父の部屋を訪れたのだった。緊張で震える指でボタンを押し込む。チャイムを鳴らした僕を出迎えてくれたのは三十恰好の、なかなかハンサムで学者然とした男の人だ。べっ甲の縁の眼鏡が格好いい。
「いらっしゃい」
その人物はとても愛想よく招き入れてくれた。僕がしどろもどろな挨拶をすると彼はにっこりして、じゃあ、どうぞ、と背を向けた。黙って後ろを付いて行く。玄関から続く薄暗い廊下を僕らはまっすぐ進んだ。踏み出すごとにぎいぎい床板は鳴って、どことなく不気味だったように思う。左右の壁にはいくつかオーク材のドアがあったが、彼は脇目も振らない。