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語り始める前に、思い出したこと

 そういえば何度目かに訪ねた時、叔父がひどく不審な様子を見せたことがある。そうだ、確かあれはたまたま行事の振替かなにかで、丸一日休みになったときだろうか。陰気な小雨が降る中を、傘を差しぽてぽて歩いて行ったのだ。休校とはいえこの天候では家でおとなしくしている生徒が大半らしく、通りに僕以外の子どもの姿はなかった。

 大抵は家にいるから呼び鈴を鳴らさなくてもいい、と言われたことがあったのでチャイムを鳴らさずに入ったら、玄関に現れた叔父はとても慌てた様子で「学校は」と質問した。返事はできなかった。口調があんまり怖かったので、とっさに口が利けなくなってしまったのだ。そんな僕の怯えきった表情を目にして多少は落ち着きを取り戻したらしく、彼ははっとして口元を押さえ、小さな声で、

 「ごめん」

 とだけ言った。家に上がるよう目で促すから、濡れた雨傘を脇に立てかけ恐る恐る追いかける。と、急に叔父が立ち止まり、廊下の途中にあるドアを素早く閉めた。あれは書斎の扉だったはずだ。でも僕は前を通り過ぎるとき、そこから転がり出たと思しきなにかを拾い上げ、気づかないままの彼を呼び止めた。

 「叔父さん、これ」

 その時の叔父の表情は、十年近く経った今でも忘れられない。振り返って僕が差し出すそれが何であるかを確認すると、猫のような手の閃きで彼は奪いとった。今度こそ僕は、身じろぎ一つできずにいた。目の前の人物がまるで証拠を偶然にも発見されて怒りと恐れでわななく、刑事ドラマの殺人者役に見えてならない。見開かれた両目はぎらぎらとして威嚇するようであり、実際僕をその場に釘付けにするのには覿面であった。

 どれくらい経過しただろうか。再び僕の「叔父さん」に戻った男は、いつもの自然で優しげなそれとはまるで別物の、苦心して無理やり浮かべたらしい笑みとともにこう説明した。

 「僕も驚いたんだけどね。この家、どうやら、妖精、そう妖精がいるらしいんだ。うん。僕が引っ越してくる前――ずっと前から。きっと、だいぶ昔に死んだやつのものさ、これもね」

 こちらの反応など気にも留めずに早口でまくし立ていそいそ去る彼の、なんだか妙に小さく見えた後ろ姿を眺める間もずっと僕は、つい出てきそうになる文句を口内に封じ込めておくのに必死だった。そんな風に、取り繕ったように笑わないでよ。何も問題ないなら、いや妖精だって十分問題にはなるんだけど、笑って済ませられるなら、いま引ったくった物だって見せてくれてもいいだろ、と。たとえそれがなにかの小さな頭蓋骨でもさ。

 

 

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