海の記憶
菜々ちゃんが泣く姿を、はじめて見た。
不謹慎かもしれないけれど、そんな菜々ちゃんを見れてうれしいと思った。
きれいだと、思った。
菜々ちゃんは静かに泣いていた。
僕は菜々ちゃんに触れたくて堪らなかった。
「なあ、菜々ちゃん」
僕に呼ばれた菜々ちゃんは、黙ったまま首を傾げる。自然と上目遣いになっていて、ずるいなと思った。好きだなって思った。
「抱きしめてもいい?」
一瞬目を丸くして、そのあとゆっくり菜々ちゃんは笑った。涙は止まりつつあるみたい。
「前は確認なんかしなかったくせに」
「それは若かったからだよ」
「そんな経ってないでしょ」
「うん。でもさ」
長かった。そう、感じるんだ。
なぜだろう。菜々ちゃんも同じように首を傾げた。
また、ずるいなって思った。それから、もう我慢できそうになかった。
手を伸ばせば簡単に距離が縮まる。
やっと、触れることができた。
「菜々ちゃん、やわらかい」
「どうせ太ってますー」
「なに言ってんの。ずっと眠ってたからやせてる。はやく太ってね?」
「女の子に言うことじゃない」
腕の中の菜々ちゃんがころころ笑う。
こうしてまた笑い合える。どんなにこの日を待っただろう。
「優紀…?」
ずっと不安だった。
菜々ちゃんが僕を避けはじめたあの頃から、もう菜々ちゃんと笑い合える日はこないんじゃないかって、不安でこわかった。
「泣かないで?」
菜々ちゃんの指先が僕の目元に触れる。菜々ちゃんの指が湿るのを見て、自分が泣いていることに気がついた。
「笑って?」
ーー優紀は
ーーここで笑っていて
菜々ちゃんの言葉を、思い出した。
あのときの菜々ちゃんがどんな気持ちで言ったのかなんてわからないし、あのときの僕の気持ちも忘れてしまったけれど、今の僕ならこう返す。
「菜々ちゃんと、笑っていたい」
「これから先、僕と一緒に過ごしてくれない?」
とびきりの笑顔で言いたかったけど、湿った声ですごく情けなかったと思う。
菜々ちゃんは、一瞬驚いた顔をしたけれど、そのあとすぐに微笑んだ。
「それって、プロポーズ?」
「まだ高校生だけど、他の人に譲る気もないからそうなるかな」
「随分と生意気ですね」
「いいじゃん。僕んとこおいでよ」
「泣きながら言われても」
「もう泣いてない!」
「ふふ。じゃあ、しっかり責任とってね」
微笑む菜々ちゃんがすごくきれいで見とれてしまった。すごく好きだなって思う。
僕たちはやり直せる。
もう二度と手離さないように、ふたりでーー




