海の中
菜々ちゃんがいなくなった。
デジャヴだった。
あかねがあのときと同じことを言った。
病室に、菜々ちゃんの姿はなかった。
ーー嫌な予感がした。
「菜々ちゃんっ」
予想通り、菜々ちゃんはそこにいた。
あの日、菜々ちゃんをひとり連れていった海に、菜々ちゃんは足をつけていた。
「菜々ちゃん!菜々ちゃんっ」
何度呼んでも返事がない。返ってくるのは波の音だけだった。
せっかく目を覚ましたのに、こんなことってない。応えてよ、声を聞かせてよ。いかないでよ。
全部を込めて、僕は叫んだ。
「菜々ちゃん!」
「好きだ!」
「菜々ちゃんが、好きだっ」
菜々ちゃんが目覚めたら伝えようと決めていた。
これからを菜々ちゃんと生きようと決めていた。
それなのにーー
「菜々ちゃんっ」
「……」
返事は、ない。
菜々ちゃんは、足を進めるだけだった。
このままでは、あの日と一緒だ。
菜々ちゃんが、海に消えるーー
気がつけば、僕も海の中だった。
水面はまだ腰の位置くらいだけど、背の低い菜々ちゃんはすでに胸元まで浸かっている。
今にでも飲み込まれそうだった。
「菜々ちゃん!」
やはり、返事はない。
こんなにも呼び掛けているのに、無視にも程がある。僕の中で沸々と、沸き上がるものがあった。
「いい加減に、しろっ」
それは、怒りに似た感情だった。
「無視すんな!無視しないでこっち向け!聞こえてるんだろ!なんだよ、目覚ましたと思ったら勝手にいなくなって!せっかく!せっかく目覚めたのに、菜々ちゃんはまたいなくなるつもりなのか!そんなの、僕が許さないから!絶対させないからな!」
波に抵抗しながら叫んだ。
息は絶え絶えだ。菜々ちゃんよりも先に目が覚めた僕でさえ体力が落ちているのだから、さっきまで眠っていた菜々ちゃんはきっと僕以上に疲弊しているはず。
「もう、逃げんな!一緒に、帰ろう」
菜々ちゃんまでの距離は、ほんの数メートル程になった。
ずっと背を向けていた菜々ちゃんがやっとこっちを向く。
「……優紀」
やっと、返してくれた。
僕がさらに菜々ちゃんに近づこうと、手を伸ばしながら足を進めたときだった。
「、きゃっ」
「菜々ちゃんっ」
一際大きな波だった。
呑み込まれた。
また、僕はあの日と同じことを、繰り返すのか。
「ふざ、けんなっ」
もう嫌だ。失いたくない。菜々ちゃんを。菜々ちゃんとのこれからを。
菜々ちゃん。菜々ちゃん菜々ちゃん。
………………目の前が、真っ暗になった。
この感覚は、あの日と同じだ。
僕はまた、繰り返すーー




