横顔
お父さんが亡くなった。会社が潰れた。借金だけが残った。お母さんは一生懸命働くけれど、それでも間に合わなかった。ついには夜の仕事をはじめた。だけどそれでも足りなくて、菜々ちゃんも、夜の仕事をすることになった。
僕たちは、海を眺めながら肩を並べて座った。
菜々ちゃんは静かにつづける。
「はじめはさ、ただお酒作って飲んでもらうだけだった。でもそれだけなはずなくて…」
「ある日、お金持ちのおじさんが言ったの。借金全部受け持つから付きあってくれないかって」
「おじさんと恋人同士なんてありえないって思った。でもさ、お母さんが言うの。泣きながら、お願いって、わたしに、頼むの」
「もう仕方ないって思った。だからおじさんと付きあって、恋人同士になった。うちの借金はなくなって、お母さんもやっと解放された。そう、思ってた」
「おじさんが言った」
「お前は俺が金で買ったんだ。だから何されても文句はないよなって」
「それから、わたしは」
「もういいっ」
もう、聞いていられなかった。
聞いてほしいと言ってくれたのに、僕は菜々ちゃんの言葉を遮った。
「もういいよ。もういい」
「噂はね、半分ウソで半分ほんと」
「もういいって言ってるだろ」
「わたし、汚れてるの」
「もう、やめてよ…」
また、菜々ちゃんはごめんと謝った。菜々ちゃんは悪くないのに、菜々ちゃんはこんなにも頑張っているのに、どうして報われないんだろう。
「わたしさ、逃げてきたんだ。さすがに耐えられなくて。だからもう、帰れないんだ」
街からいなくなる理由がわかった。つまり、居場所がないってこと。
そんなことないって、言えなかった。僕が何とかするなんて言えなかった。
菜々ちゃんが抱えるものがあまりにも大きくて、僕はただ愕然とする。
「そういうわけなの」
淋しそうに笑う横顔に、泣きたくなった。
僕に何ができるだろう。どうしたらいいんだろう。どうすれば菜々ちゃんを救うことができるだろう。
「ほんとに、街出るの?」
「うん」
「今じゃないとだめなの?」
「うん」
「……僕は、どうしたらいい?」
「優紀はーー」
菜々ちゃんが、海に消えた。
それからのことはあまり覚えていない。




