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海の記憶  作者: あお
1/9

記憶


真っ白だった。

ただ、気づけば泣いていた。

ぽっかりと穴があいたような空虚感だけが、僕を占めていた。






「優紀…」


名前を呼ばれて、はじめてここに誰かがいることに気がついた。

その人を僕は知っている。知らないはずがなかった。僕のお母さんが、泣いていた。


「優紀っ。よかった、目が、覚めて」


お母さんが、泣いている。

僕が目を覚ましたから泣いている。


どうやら僕は眠っていたらしい。

泣くほど心配されるくらいには眠っていたんだろう。


「今、先生呼んでくるから」


先生を呼ぶってことは、ここは家ではない。よく見たら、ここは知らない場所だった。白で統一された装飾は、ドラマとかでよく見る病室を思い出させた。つまり、ここは病院なのだろう。


しばらくして医者がやって来ると、すぐに診察が始まった。

ぼうっとする頭で聞かれたことに答えた。だけど、体調を案じることばかりで、核心めいたことは避けているような質問。

どういう意図かは知らないけれど、僕にも質問する権利はあると思った。


「僕は」


「なんでここにいるんですか」


驚いていたのは、お母さんだけだった。医者も、その場に居合わせた看護師も、どこかで予想していたのだろう。


僕は、記憶の一部を失っていた。






外傷はない、精神的なものだろう。

そう医者は言った。

確かに痛いところはないし、動いてみればちょっと体力が落ちたことを実感するだけだった。


「あと数日検査入院して、問題なければ退院としましょう」

「はい、わかりました。ありがとうございました」


お母さんは深々と頭を下げて医者と看護師を見送った。

僕の頭はまだぼうっとしている。眠りすぎたからだろうか。


「優紀、よかったなあ」

「……ん」


泣いて喜ぶお母さんに、僕は返す言葉が見つからなかった。

よかったんだろうか。よくわからない。だって、空虚感が消えない。どうしようもなく、むなしい。


それに、目が覚める前、僕は泣いていた、はず。


「お母さん」

「ん?」

「僕、なんで眠ってたの?」

「無理に思い出さなくてもいいよ」


涙を拭いながらやさしく笑うお母さんを見て、ゆっくりとその意味を噛み砕いていく。


思い出さなくてもいい。それほど重要ではない。気にしなくていい。

そういう意味なら、どんなに楽だろう。

だけど、直感的にそんなわけないと思った。記憶こそ失ってしまったけれど、本能が告げている。


隠されている。


そう思った。


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