記憶
真っ白だった。
ただ、気づけば泣いていた。
ぽっかりと穴があいたような空虚感だけが、僕を占めていた。
「優紀…」
名前を呼ばれて、はじめてここに誰かがいることに気がついた。
その人を僕は知っている。知らないはずがなかった。僕のお母さんが、泣いていた。
「優紀っ。よかった、目が、覚めて」
お母さんが、泣いている。
僕が目を覚ましたから泣いている。
どうやら僕は眠っていたらしい。
泣くほど心配されるくらいには眠っていたんだろう。
「今、先生呼んでくるから」
先生を呼ぶってことは、ここは家ではない。よく見たら、ここは知らない場所だった。白で統一された装飾は、ドラマとかでよく見る病室を思い出させた。つまり、ここは病院なのだろう。
しばらくして医者がやって来ると、すぐに診察が始まった。
ぼうっとする頭で聞かれたことに答えた。だけど、体調を案じることばかりで、核心めいたことは避けているような質問。
どういう意図かは知らないけれど、僕にも質問する権利はあると思った。
「僕は」
「なんでここにいるんですか」
驚いていたのは、お母さんだけだった。医者も、その場に居合わせた看護師も、どこかで予想していたのだろう。
僕は、記憶の一部を失っていた。
外傷はない、精神的なものだろう。
そう医者は言った。
確かに痛いところはないし、動いてみればちょっと体力が落ちたことを実感するだけだった。
「あと数日検査入院して、問題なければ退院としましょう」
「はい、わかりました。ありがとうございました」
お母さんは深々と頭を下げて医者と看護師を見送った。
僕の頭はまだぼうっとしている。眠りすぎたからだろうか。
「優紀、よかったなあ」
「……ん」
泣いて喜ぶお母さんに、僕は返す言葉が見つからなかった。
よかったんだろうか。よくわからない。だって、空虚感が消えない。どうしようもなく、むなしい。
それに、目が覚める前、僕は泣いていた、はず。
「お母さん」
「ん?」
「僕、なんで眠ってたの?」
「無理に思い出さなくてもいいよ」
涙を拭いながらやさしく笑うお母さんを見て、ゆっくりとその意味を噛み砕いていく。
思い出さなくてもいい。それほど重要ではない。気にしなくていい。
そういう意味なら、どんなに楽だろう。
だけど、直感的にそんなわけないと思った。記憶こそ失ってしまったけれど、本能が告げている。
隠されている。
そう思った。




