3/17 彼女が見据えたもの
部屋は温い風で満たされているのに、寒いような錯覚を覚える。
狂気的で盲目的で。
始まりは愛情だったはずなのに。
「誰の為でもない、私のために、私のために、もう何の希望もないんだよ、だったら壊すしかないじゃあないか?」
「……公爵」
呼んでも、もう私の声は聞こえていないようだった。
もっと早く気づいて居れば、彼の妻が救えていれば、彼はここまで狂わなかったろうに。復讐じゃない、妄執だ。私の言葉では届かないのだろう。私は彼には遠すぎる。
……ああ不愉快だ、彼の全てが。
受け入れがたい。
全てが手遅れだけれども。
彼には張りぼての身分があった。だから簡単に手出しはできなかった。だから、時間をかけて外堀を埋めてきた。
――力ですべてを破壊すればよかったというのなら簡単だったのに。
それでは代償が大きすぎると、そう言うのはいいわけか。
でもだからこそ、全力で、喜んで、楽しみながら、叩き潰そう。私が暴れる相手は、彼じゃないけど。
公爵を、ただ見つめる。
「――お前が、邪魔だ」
不意に真顔に戻って、公爵はつぶやいた。
「小賢しい小娘。お前は、知りすぎた。なあ?」
一歩、詰め寄ってくる。私が合わせて一歩引けば、また一歩。足がどこか、重い気がした。
「邪魔なんだよ」
瞳は狂気に彩られて。
――本当に、手遅れなほど。
悍ましいそれに当てられて、私は侯爵から目を離さなかった。
否。
離せなかった。
だから。
唐突にやさしくつぶやいた公爵に、眉を顰めた。
「お前は、私の友人に、捧げよう?」
――『友人』。それは。
それは。
……ああ、そうか。
『風』だ。
気づかなかった。
この場は腹の探り合い。ブラフはいったいどこまでだ。罠は巡らされていると、警戒していたのに。
薄暗い部屋に、知らぬ間に。
充満していた、香り。
気づいた時には、もう。
その香りが毒ではないと知っていたのが救いだけれども。
「よい夢を、愚かな令嬢」
――ささやきと同時に私は膝から崩れ落ちて、意識を失い……
計画通りだと、口の中でつぶやいた。