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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第三章 愛の化物
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3/14 花は甘く咲いている


 始まったお茶会、揺れる人並み、零れる笑声。

 私は不自然ではない程度に知り合いに挨拶を返しながら、前方の男を観察する。


 ――現国王弟、クラウシオ・タロラード。


 体躯は華奢と言うほどではないがすらりと細く、身長も高い。百八十センチはあるだろう。流れる金糸の髪に紅玉の瞳がひどく映える。目に痛いほどキラキラ輝いていて、王族の血筋はキラキラ属性だと再認識させられる。


 ああ似ていると、思う。思わされる。


 私は視線を公爵から外してふ、と息を吐く。

 この王弟公爵、可哀想なくらい国王の劣化版な感じなんだよ、見た目が。

 そう、見た目が。ガワだけだ。だって国王はチンピラタヌキだし。


 ――ただまあ、本当に顔面の造詣がよく似てるんだよ、双子って言われても割と信じられるくらいには。もちろん歳を重ねても衰えない美貌は健在。キラキラ属性で私は眩しいからサングラスを所望します。王族のDNAが大変働き者すぎて殺菌したい。


 だがしかし。


 似ているからこそ、逆にその差異が際立ってしまうのだろう。

 彼の金髪は美しい。でも多分、国王の方が艶めいている。彼の瞳は宝石のよう。でもきっと、国王の方が魅力的だ。細くしなやかな体躯も、国王のそれには見劣りがする。キラキラエフェクトすらも、国王やもしかするとジルの方が目に痛い。


 そんなつもりは、公爵自身には欠片もなかったとしても。


 見た目は選べないと判ってはいるんだろう。そんなことは周囲も知っている。知っていてそれでも比べてしまうことも、分っているのだ。……これはコンプレックスになるだろうね。

 だって、誰も何も言わなくても、国王である兄を追いかけて、必死で真似をして、結局追いつけなかった。そんな風に見えてしまうのだ。


 タロラード公爵の本心なんて、図るつもりもないけれど。


 せめてまとう色彩が違えば、そこまで容姿が比べられることはなかったろうけど。例えば現王太子と第二王子のように。でも王弟公爵の煌めく金髪も輝く赤の瞳も、似ているのに同じでないそれらは、残酷なくらい国王をほうふつとさせてしまう。


 まあその内面がにじみ出ているのか被った仮面かは知らないが、漂う雰囲気は、百八十度違うけど。

 私の知る国王は残念至極な子供と狸の共存体だけども、まあそれは置いておくとして。世間的なイメージの話だ。


 情報を集めている中でも時折聞いたたとえ。

 国王と王弟はさながら『太陽』と『月』のようであると。


(表向きは)輝かんばかりの自信をもって、(表向きは)威風堂々。(表向きは)威厳にあふれ落ち着き払った、国王アレクシオ。

 対してタロラード公爵は、退廃的な仄暗さが付きまとう。太陽(ひかり)がなければ存在すら意識されない、夜にひっそり佇むものだと誰かが嗤った。


 やだ、陰険。つまりはタロラード公爵は太陽(国王)の付属品でなんの力も持たない役立たずだって言っているも同然のその発言。お口には気を付けないと壁に耳あり障子に目あり、利用されちゃうのよ? ほら私ががっちり握っちゃったからね?


 まあともかく、貴族社会でのタロラード公爵の評価は一部ではそう囁かれているのだ。そんな中で唯一の支えであった奥さんを亡くした公爵。


 ああうん、性格歪むわ。

 私でも歪むかもしれない。前世親友に『貴方の性格は素直に真っ直ぐ歪んでいるわね』と矛盾しかない言葉を頂戴したので現時点で既に歪んでいる可能性も大いにあるがそれはそれだ。


 まあだからと言って今更同情などしない。


 環境の所為にするには彼はすでに理性ある大人であって許されない罪を自覚的に犯している。


 彼の纏う静けさは、諦めのようにも嘆きのようにも見える。

 そこにあるのは敵意じゃない。エルが押し殺していたような羨望でも、私が煽ったような憎悪でもない。


 平静なのだ、彼の表面は。彼は朗らかに笑う。挨拶を返す。優雅に女性をエスコートして、その帯びる陰に魅入られる女性だっているだろう。危うい魅力。いっそ弱々しいけれども、孤高にも見える。兄に及ばない、たいした力も持たない、名ばかりの地位で埋もれてゆく哀しい人。


 世間の評価はそんなものなのだろう。

 でも、彼はそんな単純な人間ではないはずだ。

 それだけの人間が『魔』と手を組むわけがない。その先に待っているものが何かわかっているはずなのに。


 闇に魅入られ。

 闇に溺れ。

 奥底に飼うのは『狂気』だろう。


 主催者たる彼は招待客として礼を述べた。その瞳の奥に深淵を見た気がした。


「……お初にお目にかかります、タロラード公爵さま。シャーロット・ランスリーとお申します。本日はお招きいただいて、大変光栄ですわ」

「――ああ、ランスリー家の御令嬢ですね。噂にたがわぬお美しさだ。こちらこそ、参加してくださって嬉しい限りです。……どうぞ、楽しんでください」


 声はひどく優しく響く。

 中身のない会話もなにもおかしいところはない。


 だから私は口角を吊り上げる。

 ――だって、そうでなくてはつまらない。


 おっけー、その狂気をそれ以上の凶暴さでもって土足で踏み荒らす予定は覆らないよ。政権争いが勃発した時に、これほど彼が狂っていたなら、もしかしたら勝利を手にしたのかもね。あのチンピラ国王の猫かぶりといい勝負だ。まあ狸な国王は無駄に人望があるから、その辺まで考えるとわからないが。


 まあいい。


 何度でもいうが遠慮も同情も必要ないとバッサリはさみで切り捨てた。

 やっと舞台の幕に手がかかったんだ。まずは腹の探り合いから始めようか。

 国王との約束もあるから、この美しい庭園の、花のひとひらも揺れないくらい、穏やかにお話合いをしてみるのも悪くない。


 風に揺れる木々も、晴れ渡った空も、振る舞われる茶も、それに合わせた茶菓子も、そこで談笑している人々も、まるで一枚の絵のようだ。

 私も今は、その一部。今だけは。


 撒いた餌にかみついた、公爵は目的があって私を招いた。魔術師の資質を持つ子供を集めるというのは、私を紛れさせる最も自然な方法。


 だから、スタートの合図を切るのもそちらだ。


 庭園の片隅。歩み寄る人影。


「シャーロット嬢」


 声が、かかる。


「貴女に特別に、お見せしたいものがあるのですよ」


 密やかな誘いを、待っていた。


「――あら、それは……楽しみですわ」


 私は心から、笑っていたのだ。










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