3/1 仲良きことは麗しきかな
夢を見るのだ。
私を呼ぶ声がする夢。それはあまりにも優しい声で自然とほころぶような笑顔を返す。暖かくて何処までもどこまでも。
――ひどく幸福なそれが、ひどい悪夢だったと気付くのは、いつだって目を覚ましたその瞬間なのだ。
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風がざわめく晩秋。
――私プロデュース『エルのトラウマ矯正☆~公爵家次期当主として最初の試練~』事件から、はや一年近くの時が経った。この間に、私とエルの関係もずいぶんと変わったように思う。
結論から言おう。
なんか懐かれた。可愛いけど。可愛いんだけど。思ってたより、なつかれた。……うん。仲良しです。
現在、私十二歳、エル十一歳。
エルは魔力も安定してきて、それなりに魔術を行使できるようになったのは上々である。むしろ同年代の中では頭一つ抜けていると言えるだろう。我が家の魔術狂がトチ狂って身悶えていたので正拳突きを決めたくらいだ。もはや日課である。飽くなき変態性に日々戦慄している。
――さて、ここで一応、今まで放置していた魔術に関して少々説明をしておこう。
……魔術には『属性』と『適性』が存在する。
『属性』は、風・火・水・土・雷の五属性プラスの光・闇の計七つ。まあ、転移なんかの無属性魔術も存在するけど、それは置いておいて。
そして、これに対して、私たち魔術師にはそれぞれ相性のいい属性が存在しており、それを『適性』という。いやまあ、適性がある属性が最も使いやすいというだけで、他の属性も使えないというわけじゃないけれど。適性がない属性を扱おうとするとすごく魔力も体力も消耗するし、威力もコントロールが効かないというイメージだ。ちなみに無属性は完全に相性の問題だ。使えない人は全く使えない。
適性は基本一人一属性っていうのが普通だ。多くて三つぐらいだろうか。七つの属性の中で所持分布としては偏りはあんまりないけど、累計ではやっぱり闇属性は比較的多くないみたいだね。ちなみに、現在の風潮として人気なのは派手な火属性とか利便性の高い風属性である。
そして我が義弟・エルの適性は『火』『風』『光』の三つ。かなり多い方だ。しかも攻守に優れた属性配分。魔力も多いし質もいい。才能もある。私に付き合わされて剣の腕も上昇中、勉強面もしかりなエルはハイスペック儚げ美少年に成長しています。精神年齢アラサーは子供の成長が嬉しいよ。大丈夫、著しい才能の発揮に興奮して変態性を上げているうちの魔術狂と筋肉達磨は私が嵌め技を決めて仕留めておくから。授業→興奮→奇行→制裁の流れがワンセットである。それでもあの変態たちがまだうちで働いているのは、能力だけは、高いからだ。……ちょっとあれなだけで。
しかし敵は内だけにはあらず。頭角を現していくエルに対して、もともと注目されていたのもあって世間の目はハイエナになっている。肉食獣系令嬢ならぬ肉食系貴族子女が爆誕している。具体的に言うと見合いの釣り書き的茶会の招待状がめっちゃ来る。めっちゃ鬱陶しい。デビュー前だけどお茶会とかはそこそこ出席せざるを得ない。学院に押し込められる前にある程度横のつながりを作っておきたいのが貴族という生き物だからね。ランスリー家は表向き領主代理殿が仕切っているけどエルが次期ランスリー公爵当主というのはほぼほぼ確定だからね。出ないわけにはいかない。つまはじきにされては世間の荒波は渡れないのだから。
収穫はそんな場で王子殿下たちや侯爵家の令嬢とは親交を持てたことだろう。他の貴族子息令嬢もね。
勿論エルだけでなく、私もしかり。ランスリー家次期当主がエルであっても、『私』は公爵令嬢。しかも以前のジルとの試合の噂でその魔術的実力はある程度折り紙付きだ。引っ張りだこです。そんな人気はいらなかった。
あ、そんな私の魔術は一応言うなら全属性網羅です。我が攻撃力に死角なし。
もともと『物語』の『シャーロット・ランスリー』もそうだったから持って生まれたハイスペックチートだろう。魔術師の名門・ランスリー家の直系なのだ、これでも。
そしてそんな私たちは魔術師姉弟として目されています。
最初に自己申告したとおり、『仲良し』です。
……うん。仲良しだけど。それは喜ばしいよ、本当に。でもね、エルがね、私の行動を逐一把握してこようとするっているか。『どこにもいかないでね?』『僕も行くよ?』『傍にいてね』って美しく微笑むっていうか。………うん、荒療治の所為だろうか、何か間違った感が薄ぼんやりとするんだけれどもまあいいや。
ちなみにエルは私を『シャロン』と呼びすてるようになった。うん、その方が年齢差ほぼない身としては自然な感じがしていいよ。唐突になったとか強制とかではなく、自然と『姉上』→『シャロン姉さま』→『シャロン』と変遷していったのだ。個人的に『シャロン姉さま』がちょっと甘えた感じで好きだったけど、愛称である『シャロン』呼びに満足している今日この頃です。
そう言えば、割と流れるようにこの呼び方に変化したのだが、『シャロン』と呼ばれているところにジルが居合せた時にはなんだか知らないがこっちもこっちで笑顔で般若を召喚していた。
……うん、そう。ストーカー王子ことジルファイスと、我が義弟エルシオはエンカウント済みだ。
なんでか?
そりゃあ、一日に届く手紙が三十通を超えたところで私がブチ切れて王宮に殴り込みに行ったからだね!
小気味よい音を立ててかの悪友は吹っ飛んだよ!