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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/39 それが継ぎ接ぎだらけでも


 エルの硬直が解けない。さながら彫刻のようだ。美少年とは芸術である。


 ではなくて。


 刺さったのは私に認められていなかったという点だろうか、エルが私を家族と思っていなかったと言った点だろうか。

 両方だろうか。そんな気がする。私と違ってまだ繊細だから。


「そもそも、私は私を、普通とは言い難い令嬢であると理解しているのよ。半月程度で完全に心を許すというのが常識的にあり得ないことも」


 半月一緒に過ごしただけの輩に心を許されたら警戒心をどこに置いてきたのかという話だ。詐欺にあうぞ。ちょっと膝を詰めて話し合う案件だ。


「……姉上、」


 迷子みたいな頼りない顔で、エルが私を呼んだ。

 やめてそんな顔されるといじめっ子の気分になってくる。私のいたずら心が悪乗りしたらどうするの。


 いや、理性よ仕事しろ。


「……例えばね、あの夜の様に怒りを露わにしてみたり、ちょっとやりすぎて顰蹙を買ったり、こうして向き合おうとしてみたり。そういうことは、『事件』以前はなかったでしょう」


 いやまあ私は結構ぐいぐい行ってたけど。どうしてもエルは遠慮が先に立っていた。今までの境遇もあってなかなか自分本位には振る舞えなかっただろうし。まあそれに一応は私も合わせてぐいぐい行くのもちゃんと境界を見定めていたつもりだ。この辺りだったらドン引きされるくらいで済むだろうとか。ドン引きされるのは前提だけど。大丈夫慣れるから。エルも慣れてくれたもの。順応性高い義弟万歳。


 話がそれた。


「……うん」


 こくん、と頷くエル。ちょっと幼げな仕草が動揺を深く表している。

 ――綺麗な感情だけで生きて行けるわけがない。そんなことは私よりもエルの方が分かっているだろう。

 そしてそんな綺麗なものだけで構成された関係性を果たして『家族』と呼べるのか。


「その関係では、『家族』にはちょっと遠いと思ったのよね、私は」


 個人的見解だし、家族のかたちなんて千差万別だけど。でも『私個人』は、そういうのは面倒くさいと思うんだ。だから私は身内に本性を隠さない。使用人一同も結構バッサリいいたいことを言ってくる。いや有能なので弁えてるけど、必要な提言を躊躇ったりしない。例えばメリィがエルに私の過去を話したことだってそうだ。まあ師匠連たる筋肉達磨と魔術狂は別だけど。あれはちょっと一点集中型過ぎて他のことは多分何も考えてないから。端的に言うと変態なので別枠です。


「それでも私は、エルと『家族』になりたかったし、エルの可能性を買っていた」


 だから私はエルに失望したこともなければ見捨てたこともない。

 でも『上辺の仲良しごっこ』じゃ物足りなかったし、エルの中のトラウマ克服にはタイミングも重要だった。


 ――だから、舞台を用意した。


「私はできないことを要求したりしないわ。つまり、エルにはそれだけ、力があると思っていた」


 つらつら、言葉を紡ぐ。紡ぐが、反応がない。大分独り言に近い状態だけどエルは大丈夫だろうか。先ほどから呆けて一言も言葉を発してくれない。聞こえてるかな? 聞こえてるよね? レスポンスが欲しいです。

 いや、沈黙は痛いのでもう少し喋るけど。


「……私はね、無駄が嫌いなの。だから効率よく行こうと思ったのよ。エルが魔術を使えるようになる結果も、ランスリー家に対してちゃんと感情を出して意見できるようになる結果も欲しかった。……それで『私』が弾かれても、私個人は『家族』が増えたと思えるし、家族たちが仲良くできるならそれで幸せだし、外からでも守る手段はいくらでもあるし。まあここまで来たら出て行く選択はないけれど。傍にいられるなら『家族』の傍にいたいじゃない?」


 今の状況はあんまり普通じゃないからね。普通はあそこまでやらかした義姉と和やかにお茶会しないからね。

 まあ終わり良ければではあると納得している。


「……そばに、いたいと、思うのが、『家族』?」

「考えはそれぞれよ? 私にとってはそういうものよ」


 ――だから今、『私』にとってエルは家族よ。


 ニコッと笑って『逃がさないわよ』を言外に含めたらびくっと震えたエル。怯えるなよ、傷つくだろ。

 ふむ。


「――最初にエルは、私がいったい『何』なのかと、聞いたわね」


 大分、最初の方に。もちろん私は人間だけれどもそれは置いといて、すっと私は席を立つ。そして戸惑うエルの手を取って告げた。


「――改めまして、私はシャーロット・ランスリー。それ以外の何者でもない。シャーロット・ランスリーという名の人間で、やりたいことのためには手段を選ばない」


 まん丸く目を見開くエルに、笑う。


「さて、……貴方のお名前は?」


 ひゅっと、息をのんだ音が、小さく響いた。


「……僕、は」


 か細い声が零れる。まろい頬が、わずかに上気していた。



「僕は、……エルシオ。エルシオ(・・・・)ランスリー(・・・・・)



 うん。


「エル、君の居場所はここにある。私はこれからもやりたいことをするわ。だからエルもそうしていいの。ぶつかって喧嘩するのも案外楽しいわよ?」


 にやりと口角をあげれば、エルはふはっと泣き笑いのような顔をした。


「――ぼくは、もう……独りじゃないのかな?」


 煌めく瞳で見上げてくる。


「もちろん。エルが『自分は独りじゃない』と思えたのなら、もう二度と独りになんて戻れないわ」


 ランスリー公爵家、総出で取り囲むから逃げられるわけがない。

 ウィンクで告げれば、「それは手ごわいね」と、エルは顔じゅうで笑った。


 美少年が輝いていた。









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