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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/37 彼が望むもの(エルシオ視点)


『私は昔ジルファイス殿下が反吐が出るほど、大っ嫌いだったし』


 そんな爆弾発言は輝くような笑顔から飛び出してきました。


 それはどういう笑顔なんだ姉上。一応仮にもこの国の王族を何だと思っているのだろうか。いや結界で進入禁止にして親書も捨て置く姉上らしいと言えば姉上らしいけど。


「だって、私に出来ない事が出来てるんだもの。周囲の期待に応えて、堂々としていて。魔力に関しては王太子のラルファイス殿下よりも第二王子のジルファイス殿下の方がまさっているというのは周知の事実でしょう?」


 ねえ? と同意を求められたが頷けない。いや、確かにそれは僕が姉上に感じていたそれと酷似していて自分の中にあったのに目を背けていた感情で、そんなことは判っている。分らざるを得ない。でもそれとこれとは別だ。これは軽々しく頷いちゃいけないやつだ。なぜなら今まさに僕は「そんな能力を持ったジルファイス殿下をかつて嫌いだった姉上は当然である」という超理論への賛同を求められているからだ。いくら公爵邸内でも駄目なやつだ。駄目なやつなのにどうしてやっぱり姉上は聖母の笑顔を浮かべているんだろう。後光が射しそうだ。


「いや……えっ」


 否定も肯定も出来ないでいればふうっと物憂げな姉上はさらに言った。


「まあ今に至ってはジルは愉快なストーカー野郎に成り下がってるけど。そろそろ抉りに行こうかしら」


 姉上が過激派だ。知ってたけど。何を抉るつもりなんですか姉上。目ですか?


「大丈夫よ、タヌキと猫が笑うだけだわ」


 狸が王子殿下ですか? 猫が姉上ですか? 何が大丈夫なんですか姉上。それただの怖い会合だと思うけど考えすぎじゃないのは明白だ。だって姉上の笑顔が煌めきを増した。何で増した? 僕が頬をひきつらせたら、姉上は尚、輝かんばかりの微笑で。


「物理的被害は出ないわ」

「精神的被害は出るんだ!」


 叫んだところで、ジルファイス殿下は僕よりも先に姉上と出会っていたことを思い出す。つまりはよくあることなのだろうか。未だ会ったことのない第二王子殿下に、僕は内心で御愁傷さまですと合掌した。


 いや、そうじゃなくて。


「……えっと、乗り越えるには、『上手に使う事』……?」


 ジルファイス殿下のくだりをなかったことにして話を戻した。でないとそのまま違う方向へすすみそうだったからだ。いつの間にか涙も乾いた。乾いたというか吹き飛んだ。だってこの姉上自由すぎる。知ってたけど!


「そうよ。どんな力も持っているだけじゃもったいない。利用しましょう。エルの素直さや純粋さだって武器になるのよ? 魔術も同じ。……『醜い感情も恐怖も、全部飲みこんで前へ進め』って、言ったでしょう?」


 先ほどまでの輝く笑顔とは違う柔らかな微笑みで、姉上は告げた。


 ……ああ、だからこの人は、分らない。でも。

 息をのむ。走馬灯のようによみがえる。


 それはあの夜の、姉上の言葉だ。忘れるわけがない。

 あの怒りも理不尽も憎悪も。戸惑いも困惑も。

 忘れるわけがないけど、でもあの日と今ではまるで違う。


 だって理屈じゃなくてストンと、腑に落ちてしまった。

 僕の中でその言葉が融けるみたいに消化された。されてしまったんだ、どうしようもなく。


 ……姉上は、『シャーロット・ランスリー』は演技も嘘も上手な人だ。流れるように嘘をついてけむに巻く。それが嘘だと判っていても、「あれ、もしかしてそうだったかも」と混乱するくらいだ。背筋も凍る。姉上が犯罪思考じゃなくてよかった。この国どころか世界が牛耳られる未来しか見えない。


 ともかく。


 そんな姉上の言葉が嘘かそうじゃないかなんて、やっぱり僕にはわからないのだ。

 でも、あの夜姉上の傍にいたいと、強くなりたいと思ったことは、僕にとって嘘ではなくて。


 僕の、本心、だったから。


 たくさん考えたのだ。考えたけれどやっぱり何が真実かなんて見えなかったのだ。

 ああでも、それでも。


 姉上の話を聞いた。あの日の真実を、目的を。教えてもらった。それがやっぱり嘘だったとして、僕が魔術を使えるようになったことだけは揺るぎない本当。

 姉上は僕に全てを見せてはくれないだろう。僕の全力を片腕でいなせるくらいには実力が違う。

 そうであっても、猶。


 信じたいと思うのが『僕』だったんだ。


 だって僕は、あの憎しみも怒りも恐怖も飲み込んで、自分の足で立たなきゃいけない。立てるようになりたい。

 姉上の言う通り。そのままだ。それは嘘とか真実じゃなくて事実で。

『姉上が助けてくれる』じゃダメなんだって、そうだ、あの夜気付いたはずだったのに。

 姉上の言葉が真実かどうかじゃなくて、僕が姉上の言葉を真実にするくらいの強さが欲しいのだ。


 例えば彼女にとって彼女の言葉が全部嘘でも、選んだのが自分なら。

 信じたいから信じるだなんて単純すぎるけど、答えが見えないなら頼れるのは自分の本心じゃないのか。


 姉上は言ったじゃないか。


 ――『だからエルの気持ちも、少しはわかるつもりよ? 魔術が使えなかったエルに対して、ランスリー家の血筋で魔術に困っていない私をみて、思うところはあったでしょうね』

 ――『! ……それは、』

 ――『別にそれだっていいのよ、気にしたことはないわ。今までもこれからもね』


 今までもこれからも、姉上は自分の思うように生きるんだろう。

 ああだから、僕だって、


 ……自分が思うように、生きて良いはずでしょう。





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