2/35 『私は子供』
「……ああ、やっぱり。メリィね?」
「――うん」
こくん、と頷いたエルは、少し気まずげで、目線をゆらゆらと泳がせていた。でもきゅっと唇をかみしめると。
「あの、ごめんなさい。でもメリィには僕が聞いたから……」
メリィを責めないで、と言い募る。
不敵な笑顔などかけらも残らない焦り顔で私の侍女を庇うエル。ヤダ、なにこのいい子。かわいい。
ではなくて。
「怒ってはいないわ。口止めもしていなかったもの。構わないわ、エル」
笑えば、ほっとしたように肩を落とした。
まあ、確かに、『あの話』はちょっとエルのトラウマにも似ているし、『以前』の私には正しく地雷だっただろうからね。
私が『私』になる前……というか、前世を思い出す前の『シャーロット・ランスリー』の話。
何度でも刷り込みのように言うが、今は亡き我が両親は私を溺愛していたが、別に貴族や人間としての常識を忘れてはいなかったし、最善ではなくとも酷い領主ではなかった。つまり、貴族として教育を受けていなかったわけがないのだ、『シャーロット・ランスリー』は。それは上に立つものとしての心構えだったり、もちろん魔力持ちだったらみんなやらされる魔術の修練だったり。一人娘だったのだから、なおさら。
それでも顕現した人見知りと内弁慶の二面性。超極端なそれ。どうしてもうちょっと真ん中寄りでまとまらなかったのか。欲張りさんか。まあもともとの性格とかもあったんだろうけど、あんまりにもあんまりだったと我ながら回顧する。
まあでも言ってしまえばあれはある種の自己防衛だったのだ。
例えば人見知りは、『近づかない』。
例えば内弁慶は、『近づかないで』。あと、『一人にしないで』。
他人を傷つけてしまった記憶が、小さな子供には重かった。エルと同じだ。記憶を封じて無意識下で魔術の行使をやめてしまったエルよりも、ほんの少し自覚的だっただけ。一人娘の溺愛両親だったからその分踏みとどまれたんだろう。家族愛、素敵。
ただ、家族愛は素敵なんだけどその家族がランスリ―公爵家だったせいでそっちもそっちでこじれたんだろうけど。『ランスリー』という特殊な家の名を背負って、扱いきれない大きすぎる『力』も、無言の『期待』もぶっちゃけ鬱陶しいモノだ。
だからそれを傷心の美幼女にぶつけるのは鬼畜の所業であったと断言し、性格が歪んだのはそのせいもあったと自己弁護します。まあ使用人だって両親だって優しかったのに、『私』が信じ切れなかった、というのも作用してるんだろうけどね。なまじ『シャーロット・ランスリー』のアタマの出来は悪くないものだから小さい頃から考えすぎたのだ。なんというチートの弊害。もっと単純に行こうぜ。案外その方がうまく転がせるよ!
ではなくて。
――傷つけるのが怖いから独りになりたくて、でも寂しいのは嫌だから傍にいてほしい。期待しないでほしくてでも自分を見てもらえないのは悲しくて。安心できるのは宮廷魔術師として名を馳せていた父親とそんな父の傍に寄り添う母親だけだった。
何て健気な『私』。さながら悲劇のヒロインのようだ。
過剰反応が過ぎて根暗で陰湿に振り切れてたけど。振り切れちゃだめだ。辟易される。なぜだ、王弟公爵しかりエル然り、負の感情は振り切れるようにできているのかこの世界。『ほどほど』という便利な言葉を知らないのか自称神。ぶっちゃけお世話担当のメイドさんと侍女さんはいい迷惑だからね? 素直になるべきだった『私』。ツンデレも過ぎると敬遠されるのだ。まあそうして『素直』になった結果が『現在の私』だけど。今度は百八十度逆方向に振り切れたとかいう苦情は聞かない。根暗で陰湿よりは傲慢で猫かぶりの方がなんぼかましだと思うの。異論は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
まあいいんだよ、覚醒した私はまず魔力コントロールを身に着けて同じ轍は踏まないように細心の注意を払った結果今では我が家の某魔術狂に『奇跡』と呼ばれて舌なめずりとともに興奮してはいずり寄られています。物理的手段で静かになっていただくまでがワンセットです。だって手の動きが気持ち悪いんだもの。変質者だったんだもの。変質者であんまり間違っていない気がするけどそれでもうちで雇っている魔術師範なんだよ彼は。
ともかく、話を戻そう。