0/7 さあ、始めよう
……いや、うん。
こう思い返してみるとそうだね。確かに、記憶を取り戻すまでの私は内弁慶なわがまま勘違いちゃんでした。物語の強制力なのだろうか、まさにいい感じに困った令嬢でした。甘やかされ、外の世界など知らず。極度の人見知りでもあった。今じゃ自称神に暴言を吐く精神年齢アラサーですが。……心が強い自分が私は好きだから問題ない。
うん、まあ今の私はいいとして、記憶戻るまえの私に話を戻そう。
領主代理だけじゃなく使用人全員から必要最低限以上のかかわりを持ってもらえなかったのも納得だった、かつての『私』。
……うん、客観性を持って判断するのであれば、私もちょっとあれはなかったと反省する。
ちょっと失敗したりとかちょっと気に入らないとか、言うこと聞かないとか、些細なことで癇癪起こしてたし。九歳にもなって。淑女教育も始まっていたというのに。癇癪起こしたら最後、慰めても当り散らす公爵令嬢……。なまじ魔力をたくさん持ってたから恐怖だったろう、使用人さんたちは。流石に溺愛されていたとはいえ、私の癇癪で首とかにはならなかったけどね。その権限を持ってたのは両親だし。彼らは私に甘いが貴族としてはまともだった。
……まあ、使用人が耐えかねて出ていったりもあって私担当の使用人さんは入れ替わり激しかったけど。今の人はちょうど両親が亡くなる三か月くらい前からついてくれてたはず。九か月。最長記録である。半年抜け殻だった恩恵がこんなところに。私付き筆頭侍女の名前は確かメリィさんだ。
なんというか、我がことながら驚嘆。逆にすごい。敵を作るのが趣味だったわけではないのだが。
乾いた笑いしか出ない。顔も盛大に引き攣るってものだ。
あーあ。
……おい、自称神。
何故この女に転生させたのだ。
これ記憶戻って性格豹変して悲鳴あげられて医者呼ばれるパターンだろう。
しかも九歳。ある程度性格形成が終わった後。成長するにつれて気付いたんですてへ☆みたいな感じには丸く収めるには若干苦しい。今の私、前世とは同じじゃないけど明らかに今までの私とは違いすぎる。まず人見知りをしないどころか自称神に暴言を吐く胆力を持ちうる精神年齢アラサーだ。だめだ気持ち悪いよ。私なら悲鳴を上げるよ。何を企んでいるのかと疑うよ。自業自得ともいえるけど。
いや、前向きに考えるならば前世が戻ってきた途端これなのだから、魂からそんな残念なわがまま根暗ちゃんではなかったはず。つまりあれだ、物語補正とかなんとかいう奴なのか。記憶戻った時点で崩壊してるけれども。
まあ、そもそもの前提として、貴族の令嬢令息なんてものは総じてプライドが高くてわがままなものなのかもしれないけどね。それに加えて最高位の貴族で一人娘で溺愛されていて。人見知り激しすぎて、外での萎縮っぷりが病気の域だったから両親は家の中でのわがままに寛容だったし。今日も娘は元気だというパロメーターにされていた節がある。天国の両親よ、心配はうれしいが限度があったと今、娘は思う。
ともかくも、そんな過去はありつつも私は現在、公爵令嬢にして謙虚堅実が美徳の日本人でもあるのだ。精神年齢大人だし。さすがに今までのような対応は……無理。演技などいくらでもするが……あのわがままっぷりの再現は……割と切実に、いやだ。
いや、でもやらねば医者を呼ばれる可能性の高さ。ようやっと熱も下がって怪我も治ったっていうのに、またまた脳みそを検査される羽目になるのは御免蒙る。謎の白衣のおっさんに取り囲まれて謎の質問責めにされ、受け答えするたびに神妙な顔で脳異常宣言を……
……。
断固拒否である。
これについては後程検討しよう。
……さて、つらつらと説明を重ねてきたが、とりあえずこれで大まかな『シャーロット・ランスリー』を取り巻く現状及び、記憶が戻らねばたどったであろう未来の整理・把握はできたと思う。
いちおう、ここまでのことは紙に書き起こしてみた。書くという行為は案外精神を安定させる効果がある。
ちなみにこちらの文字を私は書ける。でもこのメモは日本語で書いている。苦労要らずの暗号素晴らしい。記憶戻った時には書けた日本語。そういうものだと理解することにしておくのが正しい対応だろう。
このメモは、まあ大事だと思うことをこれからも書き留めておこうと思う。万が一の時のためにね。本来、割と記憶力には自信があるためあくまで保険だが。
さて、現在、両親を失って半年。
階段から落ちて復活に三日、精神統一に一週間。
現在九歳。
領主代理は、相変わらず好き勝手やっているし、使用人からは恐れられている。
やだなんて四面楚歌。
状況改善に向かって、さあ、何を始めるべきか。
とりあえずは能力開発・秘密裏に味方を作ることが優先だろうか。まだ私の外見年齢は子供なのだ、派手な立ち回りは自粛すべきだ、表では。……うん、表では。
……え? 自称神の『命令』?
そこは別に知ったこっちゃないかな☆
そもそも聞こえてないのだからどうしようもない。そして自称神の心情を推察してまで動く義理が私にはない。私の人生はどんな形であろうとも私が私によって私のために行使すべきであると考えます。
まあ、物語の筋は知ってるけど、あんな根暗女になる気はさらさらない。主人公が本当に現れるかはわからないけど、主人公ちゃんに救われなくても勝手に浮上したから別にいいんじゃないだろうか。実際問題主人公が出てきてあれこれするってんなら邪魔をするつもりまではない。関わるかは今後周囲の状況を見て検討というところ。保留だね。
自称神なんて、何度も言うようだが私の中では所詮『自称』。
だからまあ、私が想う様行動した結果、自称神が願ったとおりになったら『よかったねー』。
ならなかったら『御愁傷様』。
人選ミスです諦めてください自称神。
私だったら既になかったことにしているところをなかったことにしなかった自称神が悪いと思います。いや、むしろギャンブラ―精神に富んで勇気があるというべきかもしれない。
でも、期待なんてすべきではない。
私の人生を楽しむべく、私は私の思うままに生きるのですよ。
――では第一歩として、公爵家を掌握するところから、さあ始めましょうか。