2/31 義姉と義弟
沈黙だね。
……うん。
見た目(のみ)超優雅なお茶会はめっちゃ静かなまま粛々と紅茶ばっかり減っていくんだけれども。紅茶美味しい。紅茶美味しいけど、超気不味い。
重いわー。
空気が重いわー。
肩凝る。
私は気分が乗らないとシリアス展開など維持できないのだよ。無理無理、だって楽しくなんだもの。つまり気分が乗ることなどそうそうない。
いや、元日本人女子としては空気が読めないわけじゃない。だからいま重たい空気の中で肩を凝らせながら紅茶を減らしていく作業に没頭しているわけで。
それにしてもエルはやっぱり美少年だよねえ。腹黒スマイルも似合うよ。いや、元祖腹黒のストーカー王子ほどではないけど。あれはそういう顔だから。張付いてるから。ただ微笑んでいても裏があるように見える顔だから。それを正直に本人にぶちまけたら「あなた、人のこと言えるんですか」って冴え冴えとした笑みで言われた。所詮は同じ穴の狢だということは自覚しているのでわざわざ指摘していただかなくても結構である。
いや、優雅なお茶会から完全に違う方向に思考がそれた。ストーカー王子は今はどうでもいい。ストーカー王子のストーカー行為は全然どうでもよくないし丁重に復讐するけど。まあつまりはこのまんま私もエルも沈黙を貫くばかりでは紅茶を減らしながら夜が明ける。
ので。
「……エル、いったい何の用? お茶を飲むためだけに呼び止めたわけじゃないんでしょう?」
お茶を置き姿勢を正し、直球勝負。なぜ直球かというと面倒臭いからである。様式美の世間話とかいらない。この場においては何の意味もない。腹の探り合いは沈黙時間だけで十分だ。
……ま、十中八九事件の事だろうけど。
いや確かに荒療治したけど。トラウマがっつり抉りこんでノリノリで悪役やってたけど。まさかこんな副作用があるなんて思ってなかったの。あれなの? 効果が高いと副作用もそれなりに大きいの? ハイリスクハイリターンなの?
まあいいや。大人しく返事を待つ。
そしてたっぷりの間を置いてエルは話し始めた。
「……僕は、知りたいんだよ」
エルは不敵な笑みを佩く。唇の端を吊り上げて。やだ、黒い。儚げ美少年が裏アリ美少年になった。
――でも、うむ。
「貴方は、何がしたかったの? 貴方は、何を、知っているの」
貴方は、いったい何?
そう尋ねるエル。
……うん。
うん、エルもエルで直球だった。いや、存在そのものに疑問を呈してくるのは逆に変化球かもしれないけど。人間だからね? 人間の皮をかぶった何かじゃないからね? 前世持っててもその前世も人間だったからね?
まあいい。とりあえず聞きたいことは、『あの夜の真実』なんだろう。でも『シャーロット・ランスリー個人』についてでもあるのかな。
さて、いったいどこまで聞きたいのだろう。
真意が掴み切れなくて、じっと見つめる。
――不敵に笑った顔、余裕の態度、優雅さ。落ち着き。……ホント、事件前のエルからじゃ考えられない。
けれどそこに感じる既視感は何だろうか。
どっかで、見たことがある気がする……いや、何かに、似てる。
既視感。それを私が感じる時はもっぱら『明日セカ』に関してだったけれども、今回のこれは違う。だってあの物語での『エルシオ・アッケンバーグ』はツンデレ装備のシャイな美少年であって策士属性は『ジルファイス・メイソード』のものである。
もともとエルは純粋で、素直な子供だ。
悲しいことは悲しくて、嫌なことは嫌。それをそのまま感じることができる人間らしい子供。
こんな子供らしくない態度は取らないし、取ることに向いていない。いや、貴族当主としては後々腹芸は必要ではあるけれども、エルに合っているのは笑顔で裏から操るんじゃなくて誠実さでほだしていく方向だと思ってた。
……いや、まてよ。
「……」
じっくり、もう一度エルを見る。エルは辛抱強く私の答えを待っていて、余裕です☆な顔を崩さない。でも、その瞳の奥をよくよく見てみる。
……。………。
……ああ、そうか。
それは、私の真似か。
子供らしくなくて笑顔で取り繕って裏から操る。
正に私だね。ジルもこのタイプだけどジルとエルは会ったことないから、私だね。
ああホント、よく見るとそうだわ。なんですぐ気付かなかったか。いや、客観的視点をいくら持とうとも事実として自分で自分は見れないのだ。多少は仕方あるまい。
ようく見ると、瞳の奥にはまだ、隠しきれない感情が、燻っている。
うん、どこまでもエルの瞳って雄弁だよね。
恐怖とか、不安とか。知りたいけど怖くてでもきっと立ち止まりたくない。
向上心があるっていうことは少なからず負けず嫌いなところもあるってことだしね。
つまりは怖いけど頑張ろうと思って選んだ『仮面』が『私の真似』ってことだろうか。エルの中で私はいったいどういう位置に分類されているのだろうか。人間じゃないの? やっぱり人外に位置してるの? やめて。
まあいい。いやよくないけど考えないことにして。
本題に戻ろう。
「それは、私の目的を聞きたいの? それとも本音を聞きたいの?」
「どっちもだよ、姉上」
にっこり。
にっこり。
……うん、めんどくさいね。
「私の真似をしてもエルは私にはなれないよ」
まずは、仮面をはがそうか。
腹を割ろうぜ、我が義弟よ。