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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/30 昔話を少しだけ(エルシオ視点)


 目の前に座っているのは姉上だ。静かな沈黙だけが流れている。どう切り出すべきか、僕はまだ迷っていた。でもあの時、今を逃せばもう姉上に逢えない気がしてとっさに引き留めてしまったのだ。


 話さなければならないことは判っている。でもどう話せばいいのかわからない。

 減り続ける紅茶をまた一口啜って、ランスリー公爵邸に戻って数日前のあの頃を、無意識に思い返す。


 ――『あの夜』意識を失った僕は、気が付けば自分の部屋のベッドの中で、目が覚めた瞬間メイドさんや侍女さんに号泣された。専属侍従であるアリィなんかしばらくどこに行くにもぴったりとくっ付いてきて、やんわりと断って遠慮してもらったくらいだ。まあしばらくは体がだるくて、動くことができなかったのも事実なのだけれど。


 お医者様の話によるとそれは「魔力切れ」による倦怠感らしい。勿論誘拐されたことによる精神的疲労もあるだろうと言われたけれど、にっこりにこにこと語られたお医者様の診断に目を丸くし、あの日気を失う前の出来事が現実であったのだと実感した。


 魔術が、使えた。使った、僕が。あんなにも出来なかったことが、出来た。できてしまった。実感というよりは茫然自失にも近かった。


 まあそんな僕の横に、


「循環してますの! 魔力が循環してますのう! いいですぞイイですぞ美しい! 此処から生み出された魔術とはァ……!」


 目を輝かせ垂涎せんばかりに口元を緩め鼻息荒くはいずり寄って来た魔術狂(変態)もいたんだけど。すごく怖かった。とても怖かった。思わず「変質者」と叫びそうになった。


 そしてそんなノーウィム師匠は光の速さで僕の専属侍従・侍女・メイドの皆にたたき出されていた。素晴らしい手際だった。やり切った笑顔で言われた。


「ご安心を、エルシオ様。今のあれは幻覚でございます。止めも刺しておきますので記憶にとどめておく必要はございません」


 その後、庭の方向からちょっと常軌を逸した笑い声が聞こえてきたから何かあったのかもしれないけれど、あれだけ爆笑できるなら多分元気だと思うから僕は素直に何もなかったことにした。


 兎にも角にも、ノーウィム師匠が食いつくということはつまりやっぱり僕が魔術を使えたというのは夢ではないのだ。


 あの夜の出来事も。


 ……姉上には、しばらく会っていない。アリィたちが言うには僕の誘拐事件の後始末に手を回していて忙しいらしい。たまに暇を見つけてきたときも、僕はたいてい眠っていたとか。生まれて初めての魔力切れで、身体への負担が大きかったからかしばらくは安静にするように言われているためだろう。


 ……僕から彼女に逢いに行くことは、しようと思えば、出来る。でも、していない。

 まだ僕の中で、あの日のことが整理できていない。


 それは、アリィたちにも伝わっているのかもしれない。何処まで知っているのかはわからないけど、必要以上に僕に姉上に逢うことを勧めたりはしてこない。


 シャーロット・ランスリーは敵か否か。

 その答えが出ていない。


 ……彼女はひどくおかしな人で、訳が分からない。いや、わかる、気もするけれど。信じることが、まだできない。


 傍にいたいと思った。彼女の本当を知りたいから。

 強くなりたいと思ったから。……様々な意味で彼女ほど『強い』人を僕は知らない。


 でも、僕が知っていることだけでは圧倒的に情報が足りないんだとも思った。人生で最も色濃かったあの半月。でもやっぱり、姉上と過ごしたのはたったの半月なのだ。

 まだ僕は、あの人を欠片しか、きっと知らない。

 だから。


「……お願い、メリィ」


 教えを乞うたのは姉上の専属侍女である彼女だった。

 昼下がりの中庭。アリィにお願いして、少しだけメリィの時間をくれるように話を通してもらった。


「教えてほしいんだ。……姉上の事を」

「わたくしがお話し出来るのは、あくまでわたくしの主観となってしまいますよ?」

「構わないよ。構わないから、」


 困ったように眉を下げるメリィに食い下がる。

 こぶしを握った。

 知りたい、のだ。

 きっと初めて、誰かの事を、こんなにも知りたい。


 実の家族と疎遠だった。紙上でも分かるような、そんな情報しかきっと僕は知らない。笑えるくらい、彼らについて語るべき言葉をおおくは持っていない。

 きっと彼等からしてもお互い様だろうけど。見ていなかったし、見られていなかった。見るのが怖かった。見られていないと理解することを拒んでいた。ずっと。


 僕にとっての以前の世界はとてもとても小さかったのだ。


 人に関わってこなかった。関わることを禁じられていた。だからそれはしてはいけないのだとどこかで決めつけていたのかもしれない。

 だから僕は、姉上のことも自分から理解しようとはしていなかった。いや、予想外に彼女の方がぐいぐい来たけど。だから多少は知った気にはなっていた、けど。


 それだけだ。

 そんな怠慢、姉上は許さないんだろう。


 鼻で笑って情報取集の重要性を切々と説かれる己の姿が見える気がする。あ、そんなこと考えてたらちょっと緊張解けてきた。


 歩み寄ろうとすることと、理解しようと努めることは、きっと違う。

 上っ面の優しさでだって手はつなげるのだ。

 向き合いたい。そう思いを込めて、メリィを見上げた。


「……お嬢様は、お優しい方です」


 少し、昔の話をしますね。

 メリィは、すこし寂しそうに、笑った。












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