∞/3 黒紫の英雄
12/28 小夏の帰還について、ちょっと説明不足だったと思ったので、少々追記しております。
『大公』とは、まあざっくりいうと、王族の下で公爵の上の地位である。国によってはそれこそ『大公家』があったり、広大な領地を所有してそこを『大公国』と呼ぶような場合もある。
ではメイソード王国における『大公』が何かと言えば、王族の下で公爵の上、というのは同じだ。いうなれば準王族、のような扱いである。ただし、あくまで爵位のみであり、子孫に引き継ぐことはできないし、領地も持たない。あくまで個人に与えられる地位だ。国王様が、新たな貴族家として姓を与えるのではなく、『ランスリー大公』と言ったのも、『家』ではなく『個人』への地位だからだ。だがしかし、『個人』に与えられるものだからこそ、全ての貴族に対する命令権を持つなど、絶大な権力を握っている。
この命令権について、私が大公になった場合の、周囲からの優先順位を簡単に考えてみよう。比較対象をエルとジルにするとわかりやすいだろう。この場合、命令権の優先順位はジル(ウィラード公爵且つ王族)>私(大公)>エル(ランスリー公爵)となる。ジルは公爵だが、王族でもあるのでこの場合は彼が優先されるのである。
しかし今後、ジルが臣籍降下した場合はこの順位は変動する。私(大公)>ジル(ウィラード公爵)≧エル(ランスリー公爵)となるのだ。大公が準王族、とはそういうことなのである。
つまりメイソード王国における『大公』とは、権力の巨大さもさることながら、非常に自由度の高い地位であるといえる。発言力のめちゃくちゃ高い名誉会長みたいな。
ちなみに、現在メイソード王国に大公はいない。一番最近で、三百年ほど前に一人いたはずだが、それきりだ。
「国王様……」
「……」
私はじとっと、国王様を見た。国王様は無言で、ぐっとサムズアップした。……絶対に、選択肢①ランスリー公爵夫人と、選択肢②ランスリー大公の間には別の選択肢があったはずだ。公爵、或いは侯爵位を与えて、当然領地も与えて、がっちりと私をこの国に縛り付ける、という選択肢が。それが世間一般から見ても一番無難だし、宰相様は絶対にそれを提案したと思う。それを退けて前述二つしか私に提示しなかったのは、国王様の独断だろう。一番嫌な選択肢(エルと結婚)と、一番マシな選択肢(大公)を並べて出せば、『大公』という選択肢がよりマシに見える効果を狙ったんだろうな。狙い通りだよ。
というか、この男……。
「国王様。女性は爵位を持てないという法律は……」
「撤廃した!」
いい笑顔のお返事だった。この短期間でのスピード撤廃……。最近、宰相様からの胃薬の注文が増えたという報告を聞いたが、戦後処理の多忙だけが原因ではなかったようだ。ゴリ押ししたんだな、この国王。よくやったと言わざるを得ない。私も虎視眈々とタイミングを見計らっていたのだが、私自身が爵位を持つのは面倒くさかったので、そうならないようにとしていたら出遅れた。そして『大公』フラグが降ってわいた。畜生。
「……反発はありませんの? 公爵や侯爵をとばして『大公』とは」
苦し紛れに言ってみる。国王様は満面の笑顔だった。
「問題ねえの、わかってるだろ」
「くっ」
私は思わず頭を抱えた。国王様の言うことには心当たりがあったからだ。ええ、情報操作しました。私が! やりました! 何か問題でも? なにしろ、この戦争では裏方に徹するつもりだったのに、某屑将軍がやらかしたせいで色々とはっちゃけ過ぎたし、なかったことにするには目撃者が多すぎた。公衆の面前でやってしまったからね。……危険人物とみなされるのは面倒だったので、英雄譚にするしかなかったのである。
というか、私が情報操作した方がいいかな、と思った瞬間、まだ言葉にしていないのにすべてを理解した『影』さんたちが意気揚々と動いて、成し遂げたよね。素晴らしい働きだったよ。
――そして私は現在、こう呼ばれている。『メイソード王国の救世女神』および、『黒紫の英雄』と。
さて、噂の概要だが、『某将軍の非道すぎる行いに、神の怒りが世界を滅ぼそうとしたが、神々に寵愛されたシャーロット・ランスリーを中心とした人々が神を鎮め、世界を救ったんだ!』と。……いろいろ、仕方なかったんだ。世界滅亡イベントの真実を、まさか全世界に発信するわけにもいかないし。
世界各国からの問い合わせは、丸め込んでしらを切って流しきったが、この噂がまことしやかに流れたおかげで、勘の鋭い各国君主たちは、わがメイソード王国への世界滅亡イベントに関する疑惑に確信を持ったようだ。表面上は黙ったが、絶対に内心は違う。むしろ、はぐらかしたことでなんて謙虚な! という名声がじわじわと高まっている。なんてこった。
というか、この噂を裏打ちするどころか補強するエピソードがわんさかある。
例えば、戦争中に起こった私の『女神顕現』で、『ローヴァ』の姿をさらした瞬間、エルたち以外にもまだ起きている人々がいた。すぐに気絶したが、……彼らはその記憶を、恐怖するでもなく、夢と思うでもなく、『さすがシャーロット・ランスリー!』と思ったらしい。その神々しさを伝え聞いて、私を世界を救った英雄と信じて疑わない人々が量産されたとか何とか。この辺りは『影』さんたちの面目躍如なんだけれど、効きすぎ感がひどい。
まあ、そもそも、エイヴァの暴走からみんなを救った救世主である私に対して、戦場にいた人々は好感度フィルターと崇拝フィスターがカンストしていた。よって、エルたち以外は距離の所為でよく見えなかった上にすぐ気絶したこともあって、ああなったのだろう。
また、例えば、世界滅亡イベントを防ぐために張った結界。あれは私の力だったので、当然黒い六芒星が浮き上がった。それはそれは巨大な、大陸すべての上空を覆うその結界はだれにでも見えた。全世界を守った結界を、みんな見ていて、感謝をしたのだ。
……うん、私の力の衝撃で気絶していたのは、せいぜいメイソード王国民とヴァルキア帝国民の一部だから、ほかの人々はちょっと体調が悪くなったくらいでバッチリ起きていたからね。……『黒色』=『シャーロット・ランスリー』のイメージは非常に強固だったのだ。そして私は、私が思うより有名人だったのだ。純粋な黒髪って私しかいないしね、この世界。
よって、『シャーロット・ランスリーによって世界は救われたんだ!』というだいたい正解のうわさが、『影』さんたちの暗躍を足掛かりに、尾びれと背びれと胸鰭を纏った挙句羽まで生えて羽ばたいた結果、今に至る。実はあの世界滅亡イベント、半分以上マッチポンプだなんて当事者たち以外の誰にも言えない。
ここまで崇拝されておいて、中途半端な爵位とか、全世界が許さないくらいに、私は英雄視されているのである。最低でも侯爵。私はそういう立場になったのである。国王様が大公位をいい笑顔で押すのも、それを宰相様が了承したのも、これらの理由があるのだろう。
「……逃げ道はなさそうですわね」
「ははははははは、観念しやがれ、大公閣下!」
そして私はあきらめ、国王様は高笑いをした。こうして私は、シャーロット・ランスリー大公という、メイソード王国三千年の歴史で初の爵位もち女性となったのである。
何はともあれ、私たちの近況はこんなものだ。色々肩書が変わったりしたが、忙しいという事実以外に案外、戦争前とやっていることは変わらない気もしている。……それは気のせいだよ、エルがささやいたのは聞こえなかったことにしたけれど。
――ああ、そうだ。若者組最後の一人、小夏の話もしておこう。彼女は無事日本へと帰還し、模試も乗り越えたようだ。ルーに聞いた。ちょっと私がデレたら聞いていないことまで話してくれた。
……これだからルーには辛辣気味になってしまうのだが、わかっているのだろうか。私がルーにデレない理由の半分は、私の本音も何も受け止めてくれるという信頼と甘えの表れだが、もう半分はルーが必要以上に動揺してポンコツになるから自制しているのである。私だって本来、ルーにはエルに対するくらいの甘さだったんだけど、『番い』になってから徐々にルーがポンコツになりだしたから……試行錯誤の結果、辛辣がデフォルトに落ち着いたのである。私が記憶を取り戻していない時から塩対応一択だったのは、もはやそれが魂に刻まれているのだろう。
ともかく。小夏はしっかりと頭を受験生に切り替えて模試を乗り越え、大学にも合格したようだ。予定していたよりツーランク上の大学に優々と合格したらしいので、私も問題集を作った甲斐があった。
ちなみにだが、小夏が元の場所、元の時間に戻れたのは、私があちらの世界に干渉して、小夏が転移してしまった時点まで時間を戻したからだ。当然、小夏以外の人々に不利益が出ないよう調整し、時間が戻ったことによる齟齬や並行世界ができてしまわないよう注意した。完璧だった。――以前、自称神=ルーは、『過去干渉ができない』と分析をしたことがあると思う。それに対して、私が今回やったことは完全なる過去干渉なわけだが、……ぶっちゃけ、同じことはルーにもできる。
エルたちの居るこの世界に対してルーが力を行使できなかったのは、この世界があまりにも脆弱で不安定だったためであり、日本のあるあちらの世界ほど安定していれば何ら問題はないのである。
『いや、あんな片手間みたいに過去干渉できるのはロー姉だけだが?』
などとルーは言っていたが、謙遜だろう。ルーにもできる。
……そういうわけで、メイソード王国で小夏が過ごした八か月ほど(日本では時間の進む速度が二分の一なので四か月ほど)の時間を巻き戻したうえで、改めて進み始めたので、こちらで六か月ちょっとたった今、あちらでは三か月少々たったころのはずだ。
――そう、あちらの季節は、今は春。ならばもうすぐ、小夏は『彼女』に、手紙を渡してくれただろうか。
杉原斗海……『刈宮鮮花』の親友だった、彼女へ。