∞/2 慶を食む
さて、話を戻そう。戦後、当然私を含め、周囲にもいろいろとあった。全部は語り切れないので、若者組の近況のみざっくり説明しよう。
まずエルは、勲章を授与されたうえで、学院生にして王城魔術師団の副団長に就任した。団長でもよかったというか、周囲もそれを熱望したけれど、いかんせんまだ学生。公爵としての仕事もあるし、団長になるのは卒業してからということになっている。つまり役職は内定している。戦争で、魔人にやられた人々の四肢欠損をエルが治癒したことで、好感度はカンストしているので、やっかみやら軋轢は少ないだろう。さすが私の義弟。
そしてジルは、同じく勲章を授与されたうえで、公爵位を与えられた。一応まだ王位継承権は保持しているけれど、王太子殿下が子供を授かれば喜々として返上する気満々なのだろう。輝かんばかりの笑顔がそう物語っていた。ちなみに、家名はウィラード。ジルファイス・ウィラード公爵である。
そんなジルの兄であるラルファイス殿下は、本格的に国王様の業務の引継ぎを始めたようだ。これから数年かけて世代交代をするのだろう。そんな王太子殿下に負けず劣らず、リーナ様もお忙しい。彼女は来年の春に学院卒業を控えていらっしゃる身で、長らく休学していた学院の授業に加え、王太子妃教育にも熱心に取り組んでいらっしゃる。
なお、リーナ様のご卒業に合わせて執り行われる予定だったお二人の結婚式は、なんと予定通りに行うことになったので、そちらの準備もてんやわんやだ。延期にならなかった主な理由として、戦争の被害が(異様に)軽微だったことと、慶事で国民を安心させるためのようである。
慶事と言えば、リズ様たちは此度の戦争での大貢献で、褒章を授かったうえに魔道研究所に対する国からの補助金が大幅に増えたと狂喜乱舞していた。まあ、しれっとターナル男爵家からターナル子爵家になって、領地も増えるという現実に「睡眠が遠いですわ……っ!」と乾いた笑いも上げていたけれど。アーノルド様も遠い遠い目をして仕事に励んでいた。
で、同じく子爵の位を叙爵されたのはシア様およびドレーク卿の実家であるドレーク家だ。もちろん、学院生をまとめあげたシア様には褒章、戦争の最前線で活躍したルーファス・ドレーク卿には勲章および次期騎士団長内定という、個人への褒美もあったよ。
ドレーク卿は、次期騎士団長有力候補だったのが内定した形だ。一方のシア様については騎士学院卒業後の進路として騎士団内のよいポジションで内々定を、という話ももちろんあったんだけど、彼女の場合……選択肢としてわがランスリー家を選ぶのではないか? という懸念が上層部にまで知れ渡っているという(シア様にとって)衝撃的な事態に陥っていたがために、見送られた。何で知ってるんだ……? と一瞬思ったが、うん、まあ、わかりやすいからね。仕方ないね。ちなみに、シア様はその顛末をドレーク卿から聞いて凍り付いたのち、絶叫したらしい。そっとしておいてあげようと思った。
そして、今はまだヴァルキア帝国内で奔走しているシルゥ様だが、一応魔術学院は休学という形で、まだやめてはいない。というか、ジルとの婚約も絶賛継続中なので、メイソード王国の魔術学院で卒業する気しかない、という固い意志を私は聞いている。これについては学院教師たちが胃を痛めながら協議した結果、課される試験をクリアすれば進級、ということになった。彼女の事情と、これまで成績優秀者としてしっかり勉学に励んできた実績が考慮された形だ。
それを私からシルゥ様に伝えれば、予定を確認した後、最終回生になる春にはメイソード王国に来る目途が立ちそうだ、と無線機で言っていた。目途が立つというか、立たせるというか。「やりますわ、わたくし!」と壮絶な決意を固めていた。
そんなシルゥ様を陰ひなたに支えるソレイラはと言えば、彼女は彼女でザキュラム帝から勲章を授与されたうえで、彼女自身が騎士爵に叙爵されたらしい。だからと言って何が変わるわけもなく、いつもいつでも姫様至上主義であるのだが。
……余談だが、世界各地で暗躍した我らが使用人さんたちは、その行いを表彰されることをよしとしなかったので、表に出ることはなかったし、かかわった王族や神官たちにも緘口令という名の脅迫を施したおかげで、存在はうやむやになった。人の口に戸は立てられぬはずではなかったのだろうかと、国王様が呆然とするほどの沈黙に、彼女たちは一体どんな手段を使ったのだろうかと戦慄しなくもないが、そっと目をつぶった。
代わりのように、私とエルで一杯誉めて、いっぱいご褒美を上げて、そしてもみくちゃに愛を享受した。わが使用人さんたちの愛は今日もまことに鈍重である。
あと、人数の関係で、私の神領域にはメリィたちしか連れて行かなかったことは、しっかりバッチリばれた。ばれたっていうか、当然のように私はみんなを信頼しているので、今後の対策を立てる上で情報共有をしたのだけれども、……神領域に呼ばれなかった面々が血涙を流す勢いで悔しがったものだから、ご褒美の一環っていうことでみんな神領域に招待してワイワイしたりした。なお、うっかり鉢合わせたルーは、脅迫のような尋問タイム再びを味わっていたけれども、私は知らん。
で。
若者組には当然、私も含まれるが、結論から言うと公的地位からは逃れることができなかった。
……順を追って話すなら、各自が色々と後始末に奔走する中で、国王様に王城に呼ばれたのである。そして言われた。
「選べシャロン。ランスリー公爵夫人になるか、ランスリー大公になるか」
どっちも嫌ですけど? という選択肢だった。というかそう返事をした。却下されたが。いわく。
「あのな。お前の正体と本性を知ってる俺だって、こんなこと言いたかねえよ。だがそうもいかねえのはわかるだろ。……あの戦場でさ、お前、まさに救世主のごとく降臨したじゃん。絶体絶命のピンチを救済して、ヴァルキア帝国の奴らまで信者にしたじゃねーか。兵士には平民もいたし、騎士には貴族もいたし、これでお前が何にも地位を賜らないとか誰も納得しねーから」
「ですよね」
知ってた。もう恐ろしい速度でうわさが出回って、私は『学院の救世女王』ならぬ『メイソード王国の救世女神』と呼ばれている。……『黒薔薇の君』が一番ましな通り名だったな、と今なら思う。『血まみれ聖女』と呼ばれた母もこんな気持ちだったんだろうか。
「お前に関するうわさで唯一よかったのは、お前に瞬殺されたことでエイヴァが『魔』だの人外だのというのが大々的にバレなかったことだな」
ほんとそれ。どうにも、『私=ランスリー公爵令嬢』という身分のしっかりした『人間』に瞬殺されたエイヴァは、『魔』ではなく私やエルなどと同じように膨大な魔力を持って生まれただけなんだろう、と人々の大部分には解釈されたようだ。その後、割とすぐ私の女神覚醒でほぼほぼ全員気絶したせいもあると思う。
……エイヴァとじかに付き合いのあった学院生諸君は、うすうす「あれは人ではないのでは?」と気づいているっぽいけど、じかに付き合いがあるがゆえにその実態がただのわがままお子さまであると知っているので、生暖かい目で沈黙してくれている。順応力が高い。
それはそれとして。選択肢の話に戻ろう。選択肢①、ランスリー公爵夫人。
「ランスリー公爵夫人、というのは、やっぱり……?」
「エルシオ・ランスリー公爵と結婚するってのだな」
「それはないわね」
「俺もねえと思ってるよ」
私と国王様はうなずきあった。私とエルは義姉弟だ。以前、血がつながっていなかろうとも義姉弟は結婚できないという話をしたことがあったと思う。しかし、これに抜け道が存在する。本家の子供が、いったん他家の養子になって、結婚すればいいのである。要は、『同家の義姉弟』という名前の関係性でさえなければいいのだ。貴族って面倒くさいな、と私も思う。
ともかく、私とエルが結婚するならば、私が一度どこかの家の養女になって別の姓を得たのち、改めてランスリー公爵であるエルに嫁入りするという流れだ。もしこれを行うならば、ランスリー公爵家の影響力からして、侯爵家以下の家に養女に入ることはないだろう。ロメルンテ公爵家はリーナ様が王太子殿下に嫁ぐためパワーバランス的に却下。ま、戦争での功績も鑑みて、おそらく今回騎士・兵士部隊の指揮官だったマーク・ビオルト侯爵の家が妥当だろう。
……うん。エルは重いシスコンを患ってはいるが、あれはあくまでシスコンであって恋愛感情はない。当然、私にもない。そもそも私にはルーがいるし。エルにも、あんなに一途に思ってくださっているシア様がいるのだから、邪魔はしたくない。そして養子入り有力候補のビオルト侯爵家はと言えば、当主であるマーク・ビオルト侯爵を宰相補佐兼教育係から左遷した原因の一つが私であるという因縁がある。何この誰も喜ばない結婚。
「私がエルと結婚するなど、関係者すべてが不幸になる未来しか見えませんわ」
「俺にもそれしか見えない。一応言っただけだ。宰相が提案してきたからな」
宰相ェ。となると、選択肢②、なのだが。
「大公、ね」