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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
655/661

10/119 終


 二の矢をつがえ、撃つ。――残り時間は、一分を切っていた。


 黒く染まる視界と、鳴動する世界。組み変わり、構成し、そして正しくその隙間に満ちてゆく。


 緩く響く音があった。高く、低く、世界が、『方舟(アーク)』が謳っている。知っている旋律だった。


(ああ、聖歌ね)


 この世界で最も信仰篤い青教において、死者を送り出す別れの旋律。国によってさまざまな歌が選択されるが、メイソード王国でそうであるように聖歌を謳う国が最も多い。


 繰り返し謳われ、別れの先の安らぎを願われ、悼みと共にこの世界にしみ込んだ歌が、かつての『核』である『創造主(エイヴァ)』へ別れを告げているのか。


 それとも、新たなる『核』である『全ての女神(わたし)』への挨拶なのか。――聖歌は、その名の通り聖なる歌。神を称え、命を祝福する歌でもあるのだ。ゆえに逝く者の新たなる生の幸福を願い、多くの国の人々は葬儀の場で聖歌を謳う。


 いつの間にか、天と地に蠢いていた原初の力は消えていた。私がうち貫いた場所から、きらきらと輝く黒を纏った風が巡っていく。そして花がほころぶ様にゆっくりと、白く侵食され滅びつつあった世界は色を取り戻していった。


 森は緑へ、空は青へ、海は深くきらめいている。


『シャロン!』


 念話伝いに聞こえる声も、安堵と喜色に満ちていた。


『ここまでくればもう大丈夫ね。世界が元の姿に戻り切ったら、『安定化』のために最後の矢を撃つわ。それまで、みんな、結界を解いちゃだめよ』


 私が言えば、次々に了承が返る。私はそこでやっと、背中に張り付いていた小夏を振り向いた。


「しゃーろっとさまぁ……」


 ぼろぼろ、泣いているのは恐怖か、安堵か、あるいは――寂寥なのだろうか。


(多分、全部かしらね)


 私は内心苦笑しながら、パチン、と指を鳴らす。すると小夏の服装がすっとセーラー服に変わり、その手元には学生かばん。ここ数か月で慣れてしまったのか、小夏本人すら気にしていなかったようだが、この世界のドレス姿で日本の一般家庭に還ろうものなら、痛いコスプレ女子扱いを受けるからね。


 いや、家庭環境や本人の趣味嗜好によって多少反応は異なるだろうが、小夏は明らかにごくごく一般家庭に生まれ育ち、ラフな洋服一択で生活してきた現代っ子である。ドレス姿は、周囲がドン引きしなかったとしても、驚愕されること請け合いだ。


 なお、カバンの中にはもちろん、彼女の教科書からスマホまですべての持ち物と、私謹製の問題集まで入れておいた。問題集はサービスだ。神棚には祀らないでほしいが、受験の役には立つだろう。


「ほぁっ!? あっ。制服だ! あ、そっか、ドレスで帰ったらお母さん顎はずれるよね」


 小夏のお母様はリアクションが漫画のような女性なのだろうか。仲がよさそうで何よりである。


 それはともかく。最後に、ひょいっと私は小夏のバイブル――わが前世悪友・杉原斗海著の『空に還る』を取り出す。


『小夏、ひとつ頼まれてくれるかしら?』


 ぱっと瞳をきらめかせた小夏にその本を渡す前に、私は懐から取り出した手紙をページの中ほどにパタンと挟んだ。


「えっ、あの、シャーロット様?」

『今挟んだ手紙、斗海に渡してくれる?』

「へぁ!? すすすす杉原様にお渡しするおてぎゃみ……いやお手紙ですか!? えっ、えっ、あたしなんかがお会いできないですよ! あ、あっ、郵便ですか? ポストに入れればいいんですね!」


 私のお願いに、小夏は激しく動揺している。そして彼女が混乱しながら導き出した答えに、私は首をゆっくりと横に振った。


『いいえ。斗海はファンレターなんて受け取らないでしょうし、私の知っている家からも引っ越している可能性の方が高いわ』

「ああああ、ファンレターNG大正解です……! 杉原様は最初からダメって言ってたのに、出版社が勝手して、刈宮様の信者たちが信仰心のあまりとんでもない量の手紙を贈ろうと画策したっていう事件が……!」


 いやな事件が起こったものである。というか、事件になるほどの手紙の量って……郵便屋さんが一斉ストライキでも起こしたの……? いや、ともかく。


『ふふ、安心して、斗海のことならよくわかっているのよ、私』


 何しろ彼女は、『シャーロット』にとってのエル(家族)・ジル(悪友)・国王様(同類)のすべてのポジションをたった一人で担っていた女だからね。前世、『刈宮鮮花』を最も理解したのが『杉原斗海』ならば、『杉原斗海』を最も理解していたのは『刈宮鮮花(わたし)』だったと断言できる。


 だからこそ、そっと小夏に、『斗海に手紙を渡す方法』を耳打ちする。小夏は目を白黒させていたけれど、最終的にはフンスと鼻息荒く了承してくれた。なんてイイ子なのだろう。「あたしの女神からのお願いなんて、むしろご褒美だし、断る理由がありませんです……! わが人生に一片の悔いなし……! でもでも、お願いを完遂しないといけないしこの幸福をかみしめたいから生きる……!」と恍惚とした表情をしていたのは気にかかるが、見なかったことにした。


 ――そうしているうちに、きらきらと輝く、黒の風は世界中を駆け巡り、世界の修復はほぼ終わったようだ。結界により突き立っていた黒い光の柱もすべて消え、空は快晴、海は穏やか、森も豊かな緑を取り戻し、むしろ魔物が一掃されたことで雄大な大自然を誇る平和な森になっている。


 ……まあ、猛獣はいるけど。魔物がいなくなったおかげで、改めて生態系の頂点を決めんと雄たけびを上げているのも私には見えているけど。あと、腐っても『秘魔の森』というか、――最古の『魔』の庭……あるいは『創造主の揺り籠』というべきか――世界の『核』となる場所であることは変わりがないので、そのあふれる魔力は健在だけど。


 でも、まあ、それがこの世界の在り方なのだ。


『小夏、そろそろよ』


 私はそっと、彼女のほほを撫でる。一応念話はつながったままだから、それを通して小夏は最後の挨拶をみんなとかわしていたのが一段落したのか、私を涙でにじむ瞳で見上げた。


 黒の風が最後にゆるりゆるりと回りながら、ここに……世界の中心、『核』へと舞い戻ってきた。響き渡る聖歌も少しずつ遠く旋律が消えてゆく。


「シャーロット様。本当に、ありがとうございました! あたし、ここにきてびっくりしたけど、シャーロット様に拾ってもらって、よかったです! 大好きです!」

『私たちも、あなたが大好きよ、小夏』

「シャーロット様! 刈宮様ぁ!」


 ぎゅう、と小夏が私に抱き着く。私もぎゅっと抱きしめ返した。そしてつい、と片手で彼女の顎を取る。


『小夏。あなたが逝くときは、私が迎えに行ってあげるわ』


 ちゅ、と小夏の額に口づけた。


 ぱちぱち、と目をしばたく彼女は何が起こったのか理解できない様子で、しかしすぐにパチンと額を抑えて、顔を真っ赤にする。


「えっ、えっ、」


 しかし、もう帰還の準備は始まっている。口づけと共に送り込んだ力は、彼女を取り巻いて大輪の薔薇をかたどった。そして同時に、私は三の矢をつがえる。聖歌は止んだ。そして黒い風もまた、すうっとすべて消えるのと目の端にとらえ、笑う。


『また、会いましょうね』

「シャーロットさ……」


 三の矢は放たれた。そして、全ては何もなかったかのように、『日常』の風景に戻ったのだ。


 異界から迷い込んでしまった少女も、彼女の『日常』へと、還っていった。






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