10/118 次(エイヴァ視点)
『あれはお父様の置き土産。他の神々を凌駕する私たち三柱が衝突した時、それを牽制するために残されたものなのよ!』
シャーロットの叫びに、我は思った。本当にお父様はいらん置き土産を残したな!? いかにお父様と言えど一発ぶんなぐってどこかに放り捨てたい。だというのに、もうその本人は消滅して久しい。無念だ。
ともかく、シャーロットの叫びで少し落ち着いた。とにかく手に持った剣から手を離さない事だけに集中する。念話を聞く限り、エルシオたちも各々手に持った剣や錫杖を離さない事だけに尽力することにしたようだ。
常軌を逸した事象はそういうものだと受け入れる、というこれまで培われた経験が生きた瞬間だと、念話で誰かが言っていたのが聞こえたが、構っている余裕はない。
というか、お父様のあれの所為で確実に、この世界の寿命が縮んだ気がする。空中であるというのに明らかに足元が揺れている。多分、これ、剣や錫杖から手を離したら結界だけではなく足場も崩れるぞ。
『シャーロット嬢!』
焦ったように叫んだのは王太子だ。あの王家の者は、ジルファイスを筆頭に勘がいい。おそらく、我と同じように事態のまずさに正しく気づいているのだろう。しかしシャーロットからの返答がない。……さすがのシャーロットも、余裕がないのだろうな。
我は空と眼下を交互に見る。今のところ、出現自体が災害だったことと、見た目が気色悪いということ以外に動きはない、が、それが不気味だった。
(だって、あれを作ったのはお父様なのだぞ)
お父様は、ときどきすごく趣味が悪いのだ。だがそう思いはしても、我も魔力の大部分を剣に注いでいて、離さないでいることに必死だ。エルシオたちもそうだろう。シャーロットすらアレを消し飛ばす余力がないのだ、ほかの者にあるわけがない。
ルー兄は、顔色まで真っ青になってこの光景を見ているのだろうか。
そうこうしているうちに、さらに時間はたつ。
『見えた!』
そんなシャーロットの声が聞こえたのと、ほぼ同時だった。
周囲が光る。
それは、見るだけなら美しい色だった。我らの誰かの魔術ではない。シャーロットの黒ではない時点で、それが我たちの発したモノではないことは明らかだった。この、あと数分で滅びゆこうとしている世界で、まさかそんなことをするものが我らの中にいるはずがないのだ。……なのに。
金色と銀色の、光が、炸裂する。
『『――――――――――――――!!!!!!!!!!』』
声にならない悲鳴が轟いた、気がした。念話。念話だろうか。念話を通さずとも聞こえたような気がするほどの絶叫だった。
「うそだ、」
呟いたのは、我だったのか。
だって、天上から降り注ぐ金と銀の槍が、『あの人』がいた場所を刺し貫いた。この世界の中心、『森』だった場所の中央上空、可視化する黒い強大な力が渦巻いていた場所。眼を見開く。気づかぬ間に地上から伸びている『腕』は、あの人を逃さぬようにからめとっていたのか。
そんな、分析を、何故してしまったのか。
だって、うそだ。シャーロットが、ロー姉が。ロー姉だぞ?
『『シャロン!!!!!!』』
恐慌状態で念話は叫びだけがあふれる中、エルシオとジルファイスの声が我に届いた。聞いたこともないほどの絶望した声だった。絶望。ぜつぼう。なんで? だって、シャーロットは。ろーねぇは。
あの人だけは我を置いて行かないって思ってたのに。
全身の力が抜ける。膝から崩れ落ちそうになった。だって、だって、だって。もう全部終わりじゃないか。ルー兄は手出しできないのに、助けられないのに、我は何もできないのに。
ああ、もう――
『手を放すんじゃない!!!!!!』
何もかも諦めそうになった時、叩きつけるように轟いたのは、『あの人』の声だった。
『こんなもん全部幻覚よ! お父様のシステムが見せる幻! 現実にはあれは何もしていない! あなたたちにも私にも、なにも起こっちゃいないわ! 惑わされずにやるべきことだけ考えてなさい!』
その、言葉の意味を理解した時。
「あ、」
ああああああああああ!!!?
我は先ほどとは別の理由で、膝から崩れ落ちそうになった。意地でも剣は離さなかったが。しかし深い安堵と、そして己への呆れが胸中を駆け巡る。
そうだ、お父様は時々ものすごく趣味が悪いのだった。そういう神だった。あああああ、騙された! 消えてなお我らを振り回すあの方は何なんだ! 糞親父と呼ぶぞ!?
『は、はああああああああ!? なんなんですか『原初の神』! ふざけるにもほどがありますよ!』
『心臓に悪すぎる! 何もかも終わったと思っただろうが! 泣くぞこらあああああ!』
『許さない原初。赦さない赦さない赦さない』
『お嬢様お嬢様お嬢様ご無事ですねそうなんですね元気大丈夫よかったお嬢様が死んだら死にますから原初二度滅びろ』
念話は怨嗟に満ちていた。結界が壊れていないということは、無事全員が崩れ落ちる寸前で、シャーロットに叱咤されたようだ。さすがシャーロット。
(………あ。というか、念話はシャーロットの力なのだから、念話が続いている時点でシャーロットは無事だったな)
根本的なところに気づいてしまったが、黙っておいた。我は学習したのだ。シャーロット過激派の連中に下手に口を挟むと、恐ろしいことになるのだ、と。
『あれは、その時『一番見たくないモノ』を見せてくるという悪趣味な代物なのよ!』
「『『『『原初この野郎……!』』』』」
シャーロットの声に我らの言葉はきれいにそろった。本当に、お父様、存在が残っていたら殴ったのに……!
『そんなことより、備えなさい! 第二の矢を放つわよ!』
「『『!』』」
我らは慌てて手足に力を籠め、衝撃に備えた。先ほどよりも大きな力が黒く黒く渦巻いているのが分かる。天上天下の金と銀の色々は完全に無視する方向で、シャーロットは矢をつがえていた。
――そして。
カッと、視界が真っ黒に染まった。