10/117 かつて神だったモノ
天と地を裂いて現れた、巨大な金と銀の眼、そして無数の腕。エーの声が響いた。
『なぜあなたが邪魔をする……原初!』
まじでなぜおまえが邪魔をするんだお父様この野郎……!?
なんだっていうんだ、お前これ、そんなもん出てきちゃったら、ぜえええええんぶ計算し直しである。畜生ふざけんな? あと五分ちょいしか時間残ってないのに? むしろあんな、原初とかいう訳の分からないお父様の力が介入したせいでこの世界の寿命が縮んだ。ふっざけんなよ糞親父?
「ひ、あ……」
背中にしがみつく小夏の力が強くなった。私の険しい表情、念話で伝わったエーの叫び、さっき長々と語った『原初』という存在について。
うん、不安にさせてしまったことを反省しよう。お父様がなんぼのもんじゃい。
『狼狽えるな!』
私は叫ぶ。どれだけ恐慌状態に陥っていようが耳に飛び込むように、自信満々に。私を見ろ、私を信じろ、そう思いを込めて。
『エー、ちゃんと見なさい! あれは原初そのものじゃないわ! あの方は、とっくの昔に消えたのよ、今更こんなところでよみがえる余地なんてない! 私たちで確認したでしょう!』
『あ、そうだな。でも、……では、あれは、』
ハッとしたようにエーの声が返る。この時間も惜しい。再計算を続けながら、私はそれでも、答えを返す。もう私にはわかっている。あれが何なのか、なぜ、この土壇場でラスボスのごとく出現しやがったのか!
『あれは原初の力の『残痕』、意志なきシステム。それだけよ! お父様が消える前に、ご丁寧にも仕込んでおいたようね! やってくれたわね、お父様……!』
『はぁ!? 『原初の神』はこの世界の滅びを願っているとでもいうのか!?』
国王様の叫びに、しかし私は鼻で笑う。だってあれは、そんな確固たる目的のもとに設定されたシステムではない。いや、あれの『目的』自体は確固としているのだろう。ただその発動条件が緩かっただけで。
だからこそ、この場面で誤作動するというアホみたいな事態が巻き起こって、挙句に私たちはとんでもないピンチに見舞われている。あのお父様この野郎は、本当に、消えてまで迷惑をかけやがる。何なんだあいつは。
あれは、あのシステムは。……『全ての女神』が、この世界を攻撃したから作動したのだ。……エーが作り、ルーが育てた世界の『核』を、弱らせるのではなく、封じるのでもなく、消滅させたから、あのシステムが発動したのだ。
『あれはお父様の置き土産。他の神々を凌駕する私たち三柱が衝突した時、それを牽制するために残されたものなのよ!』
つまり、私たち『最初の三柱』が、ガチ姉弟喧嘩を始めた時のストッパーってことだよ!
ああああああもおおおおお、今にも終わりかけていた膨大な量の演算をやり直しにさせられる私の気持ちがわかる? しかも天上の巨大眼からめちゃくちゃ視線感じるし、眼下の森だった場所では無数の腕がウゴウゴと這いずっている。むしろこの世界を飲み込もうとしているようにも見える。正直きもい。何なんだあれは。お父さまは本当に、ときどきすごく趣味が悪いことをする。
というか、腕がウゴウゴしているせいで微妙にこの世界の中心……新たな『核』を形成するために、第二の矢を撃ち込むべき場所が見えづらい。くっそ邪魔。
ただ、あのシステムを分析する限り、いかにお父様と言えども仕込んでからの時間がたちすぎて、さほどの力は残ってはいない。
そもそも、残痕程度の力で『三柱』を強制的に止めることなどできないとお父様もわかっていたはずだ。だから、私たち三柱が衝突した場合に、原初の力を目の当たりにさせ、怯ませる……あるいは冷静にさせることがあれの目的なのだろう。
ぶっちゃけ、お父様は私たちの喧嘩で何もかも滅びるならそれも運命、とかいうタイプの神だった。それでもあんなシステムを残したのは、ひとかけらの慈悲だったのか、単に面白がって仕込んで自分でも忘れていたのか。絶対後者だな。
ともかく、あれに物理的な攻撃性はほとんどないはずだ。でもあのお父様が仕込んだものだ、私の予測分析を超えて、わけのわからない効果を発揮する可能性はある。
が、あれの排除に割く余力を捻出できない。私の力の封印は、それはもう強固なものだったのだ。すべての力を取り戻してからなら多分あんなもん消し飛ばして、余裕で世界救えたのに!
『シャーロット嬢!』
焦りをにじませたラルファイス殿下の声。さすがに返事をする余裕はなくなってきた。でも、みんな、この状況でもよく耐えている。誰も錫杖や剣から手を放していない。よかった。離してはいけない、絶対に。離したら世界を保護する結界の崩壊と同時に、彼らを空中にとどめている足場の崩壊にもつながるからね。すべてにおいてとんでもないことになるのである。
あと、二分。
――間に合うか? 間に合わせるに決まってる。なめんじゃないわよ! すでに消えたかつての『最強』の残骸が、私を阻めると思うなよ!
『見えた!』
二の矢をつがえる。狙いを定める。演算に狂いはない。私が――矢を放つ、寸前だった。
周囲が光る。
それは、見るだけなら美しい色だった。私たちの誰かの魔術ではない。だってあれは、私が放つ黒ではなく、エーが放つ白ですらない。そもそもそんな余裕はだれにもない。この、あと数分で滅びゆこうとしている世界で、私たちには。
金色と銀色の、光が、炸裂する。
「え、」
呆然としたような、小夏の声。私も同時に、視えていた。小夏以上に、視えてしまっていた。
天上から降り注ぐ金と銀の槍が、『彼等』を刺し貫くさまを。貫いた先が、『彼等』の居る場所だと。眼を見開く。地上から伸びた『腕』が彼らを逃さぬように掴んだ様さえも。たった刹那の出来事を。
『……っ』
のどが引きつる。声すら出ない。
エル、ジル、エー、国王様、ラルファイス殿下、アリス様、リーナ様、シルゥ様、ソレイラ、リズ様、アーノルド様、メリィ、アリィ、ルフ、マンダ、ディーネ、ノーミー。
……ふざけるな。もう一度消されたいのか、原初。