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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/116 神ならざるモノの眼に映る世界(エイヴァ視点)


 我が生み出し、我が壊そうとし、そしてロー姉とルー兄が救おうとしている世界。なぜこの世界を創りだしたのか。我はすべて思い出していた。


 そう、ただ、我は、寂しかった。我を見てほしかった。共にいてほしかったのだ。我だけ仲間外れな気がしたから。我と同じ場所に並び立てるのは、姉と兄のたった二柱だけだったのに。


 愚かだったと、今ならわかる。ちゃんと自分の気持ちを言えばよかったのだ。そんなことに気づくのに、どうしてこれほど長く長くかかってしまったのか。


 神格を失い、『魔』となって、『シャーロット』に負け、それでも生き、孤児院に通うようになって、エメとリクに出会った。子供たちと喧嘩をしたり遊んだり叱られたり。シャーロットも、エルシオも、ジルファイスも、いろんなことを我に教えた。たくさん叱られたが、たくさんほめてもらった。


 うれしかった。愉しいことが好きだったから、叱られるのは逃げたりしたけど、いつも追いかけてきてくれたのがうれしかった。


 寂しいのは、大嫌いなのだ。


 友達ができた。大事なものができた。壊しても構わないものではなくて、護りたいものを、いっぱい手に入れた。


 誰かの大事なものを、我はたくさん壊してしまったことにも、気づいた。


 神は時間すら書き換えられる。ロー姉も、ルー兄も、神であったころの我ですら、それができた。それでもそれを択ばず罰を受けたのは、――その選択肢を選べなかったが故なのだろう。


 なかったことにはできなかった。それをしてしまえば、あらゆる世界の分岐点と無数の未確定な未来と、望まぬ変革の先に新たな崩壊を生み出しかねなかった。我の力による破壊が及ばなかった世界でさえも余波を受け、神々の存在すらも揺るがしかねなかった。


 それだけ、我は、強大な力を持つ神だったのだ。


 ここまで、長くかかった。我は『永遠』である。その本質に『不変』を持つ。それでも学ばぬわけではない。『変わらない事』とは『知らないままでいること』と同義ではないのだ。


 だから我は、今できる我のすべてで、今度はこの世界を守り抜く。元来、壊すことより護ることの方が得手なのだ。


 ――そして今、はるか上空にて。色を喪い始めた世界に降り立った我らは、眼下に『森』を睥睨する。我の庭。我を『魔』として育んだ場所。深く我につながる中心。


『『シャロン!』』


 エルシオとジルファイスの声に応えるようにロー姉……シャーロットが矢を放つ。これだけ離れていてなお可視化する黒を纏った力が、――たがわず、世界の『核』を貫いたことを我は悟った。


 ずっと知らなかった、忘れていた。それでも確かにつながっていた我とこの世界。それが、切れた。


 音はしなかった。あるいは、許容を超えた音の奔流に聞き取ることを肉体が拒否した。わが肉体は未だ『魔』であるままなのだ。けれど、確かな『断絶』を知る。


 我にとっての喪失。あるいは世界にとっての開放。すでに崩壊が始まっているこの世界において、『核』の破壊は、ただ我とのつながりが立ち切れた、その事実があるだけではあるが。


 我は叫んだ。


「今だ!」


 同時に、手に持った剣を足元の不可視の足場に突き立てる。シャーロットの力で念話がつながるエルシオやジルファイスたちからも、ほぼ同時に剣や錫杖を突き立てた音が鳴り響いた。


 ―――――キィイイィィィィン――――――――。


 柄を握りしめる。魔力を込めろと言われたが、そうするまでもなく限界ぎりぎりまで吸い上げられていくのを自覚した。手を離さないようにだけ意識し、しがみつくように態勢を維持する。


 次の瞬間だ。突き刺した剣から、カッと黒い光がほとばしる。我とエルシオ、ジルファイスを繋ぐ巨大な三角形。そして我らを囲むように、さらに巨大な六芒星が黒い光によってつながれ、現れた。


 それはこの世界の大陸すべてを覆うように。


「ぐっ」

『『う、わ……っ』』


 押さえつけるような重力、或いは引き倒されるような引力。それらに意図せず声が漏れる。が、手は離さない。意地でも。つながる念話の先、全員が苦悶の声を上げつつ耐えしのいだことを知る。


 さらに、まだ剣はその効果を終わらせない。切っ先からほとばしるのは、銀を纏った黒い光。一秒にも満たない時間で、それらは無数に出現し、地上各地に散って光の柱のように突き立ってゆく。我やエルシオ、ジルファイスの持つ剣から放たれる光は、主に『秘魔の森』の外縁をなぞるように撃ち込まれているようだ。


『……あれ、は、シャロンの言っていた、天変地異や、魔物の氾濫(スタンピード)が、起こったことがある場所、ですね』


 ジルファイスの声が聞こえた。我にはわからぬが、あやつが言うのならそうなのだろう。どうやら、この黒い光は歪みが反映しやすい場所への補強、或いは修復のための物のようだ。のちに、光が撃ち込まれた瞬間から、それらの場所すべてに、白、青、そして黒の薔薇が群生することになったのだと知るが、この時は見えるはずもなかった。


 そして我らの守護が発動すれば、あとはシャーロットの仕事だ。『三撃』とあの人は言った。一で『核』を破壊したならば、二で代わりとなるものを作り出し、三に固定で間違いないはず。


 ――そして、第二撃が始まろうとしている。『森』の中央上空、先ほどよりも巨大な黒が渦を巻いていた。この世界に散らばる、シャーロットの力と呼応していく。共鳴していく。『森』を侵食する白が、その動きを止めた。


 強すぎてはならない。それは世界が耐えられぬから。弱すぎてはならない。それでは何の意味もないがゆえに。歪であってはならない、しかし真円もまた否である。『世界の神(ルーヴィー)』の力と齟齬なく、『永遠の神(われ)』の力に遠すぎず、しかし近すぎてはならない。


 シャーロットの中で、今、恐ろしいまでの速さと緻密さで、演算が行われているだろう。この世界が創造されてから蓄積された歪みのすべて(・・・)を看破し、理解し、かつ、この世界の歴史とあらゆる存在を理解したうえで、変化なく、改変なく、綻びなく……ぴたりと合わせて(・・・・)力を与えることができる者がどれほどいるものか。広大な砂漠からたった一つの砂粒を見つけるにも等しい困難だ。


 少なくとも、我は姉と兄以外にそれだけの力を持つ神を知らぬ。


 その力を持った、それを許された存在――シャーロットが、第二の矢を放つために弓を引く。肉眼ではなく、感覚で、我はそれを知った。衝撃に備え、ぐっと両手両足に力を込める。


 ――――――その時。


 悪寒を覚えて、我は天を振り仰ぐ。見えたのは割れた空。白を裂いて現れた金にも銀にも見える輝き。そこに、巨大な()が見開かれた。……その瞳の主を、知っていた(・・・・・)


 驚愕に震える。冷や汗が止まらぬ。だって、あれは。


 硬直していれば、念話伝いの悲鳴が耳に飛び込んでくる。ハッと眼下を振り返ると、『森』はすでにそこになく……巨大な(あぎと)がこじ開けられて、深淵より金と銀の無数の腕が大小さまざまに伸びていた。


 あれは。なぜ。どうして。だって『彼』はもう、とっくに融けて消えたのに。


 全ての始まり、『父』と呼んだ唯一。



「なぜあなたが邪魔をする……原初!」










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