2/29 きっとすぎるほどの、(メリィ視点)
ともかく。
このように結束の固いランスリー公爵家使用人一同、シャロンお嬢様とエルシオ様のお二人を見守っておりました。
とにかく可愛らしかったです。お二人で勉学に励む姿も、シャロンお嬢様がダンスでエルシオ様をリードする姿も、課題を熟してぱっと顔を明るくするエルシオ様も、そんなエルシオ様を見守り微笑むシャロンお嬢様も。
癒されます。天使が二人です。ここは天国でしょうか。
いえ、妄言でした。
……しかしそんなお可愛らしい一方で、シャロンお嬢様は非常に現実的なお方でもあります。ですからあのような計画をされたのでしょう。長くなってしまいましたが、ここでようやくあの日の騒動のお話になってまいります。正しくは事件を利用した計略というべきでしょうか。
使用人の中でも仔細を知らされたものは数えるほどでしょう。そのうちの一人に数えていただけたことはわたくしの誇りです。
――ですけれど。
その計画を聞いた時には、疑問を呈さずにはいられませんでした。お嬢様曰くの『荒療治』。……エルシオ様のかつての辛い御経験を掘り起こす形で再現する。
いってしまえば狂言誘拐です。
それは、まだご実家でのことも癒えておられないエルシオ様には、酷過ぎると。
わたくしは忘れることは出来ません。人形のように虚ろな瞳のお嬢様を。これから先、一生忘れることはないでしょう。
後悔をしました。
エルシオ様の中にあるという『トラウマ』。それが誘拐事件に起因するとは察しておりますが、正確には教えていただいておりません。けれど、耐えがたい記憶であったからこそ幼いエルシオ様は『なかったこと』にしてしまったし、『魔術を行使できない』のでしょう。
お嬢様はご自分で立ち直られました。お強くなった。たったお一人で立つようになってしまわれた。そうさせてしまったのはわたくしたちに他なりませんが……。
エルシオ様が、立ち直れるとは限らない。はたで見ていても、エルシオ様からシャロンお嬢様への信頼や信愛は感じられます。
きっとエルシオ様にとってシャロンお嬢様は眩しいくらいの光で、全てと言っても過言ではないくらいの救世主。
そのシャロンお嬢様に、裏切られたら。
……エルシオ様が、取り返しのつかない心の傷を負ってしまったら。
だから言い募りました。もう少しだけ。もう少しだけ、時間をおいてはどうかと。せめてシャロンお嬢様が悪役にならない方法はとれないのかと。
けれどお嬢様は笑いました。
「……これ以上遅くなったら、手遅れよ。今でなければそれこそ『信じすぎる』。そして悪役は『私』であることに意味があるの」
「シャロンお嬢様……!」
「……知っているでしょう? 私はエルを買っている。負ける賭けなんてしないわ。それに……」
――例えば私がエルを読み違えていたとして、私はあなたたちも信じているわ。
衒いのない、率直な言葉でした。
だからこそそれ以上の反論ができなかったのです。
だって震えるほど嬉しかったのです。誇らしかった。お嬢様が信じてくれていることが。頼ることをしないお嬢様が、確かな言葉をくださったことが。
そうなれば、わたくしたちにはもうお嬢様とエルシオ様を、それこそいっぺんの曇りもなく信じることが全てでした。
そしてそれは正しかったのでしょう。
――なぜならあの夜を経て、数日。エルシオ様が今、わたくしの前に立っておられます。
きっとお嬢様は、それさえも何もかも、分っていらっしゃったのだと、ようやくわたくしは思い至ったのです。
………ああ、ねえ、お嬢様。貴方様はやっぱり、どこまでも……