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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/113 異なる者たちの落涙は同じ色をしている(小夏視点)


 女神・シャーロット様の不思議空間にやってきてしばらく。あたしの女神が本物の女神だったこととか、エイヴァさんがガチで世界滅ぼす系魔王のポジションだったこととか、王国の秘密とかいろいろ盛りだくさんで聞いて、やばい本格ファンタジーだ……! とかなんとか思いながら、割と傍観者の立ち位置にいたあたし。


 それが突然当事者っていうか中心人物になってしまった。ていうか、帰れるの? これで帰れちゃうの!? いやいやいや、そんな簡単なことじゃないとかいうのはもちろんわかってるんだけれども、まさかここでそうなるとは全然思っていなかったあたしは、全く実感がわかないっていうか。えっと、あの。なんていえばいいんだろ……。すごく、あたし、戸惑っている。


「コナツさん、帰ってしまわれるのですわよね……。べ、べ、別に寂しくなんか……! いいえ。……やっぱり、寂しいですわよっ! もっともっと、いろんなお話をしてみたかったですわっ!」

「わたくしったら、なんだかずっと一緒にいられるような気がしていましたわ。……コナツさんには、コナツさんのおうちとご家族がいらっしゃるのですものね」


 ぎゅっと最初に抱き着いてきたのはツインテール美少女なシルヴィナ皇女様で、あたしの左手をぎゅっと握って、目に涙を溜めながら儚く微笑んだ美女はエリザベス先生だった。皇女様はあまり一緒にお話しすることができなかったのが残念なくらいに気があったし、エリザベス先生には、言葉にできないくらいたくさんお世話になった。今、あたしが偉い人たちばっかりの空間で(あまり)粗相せずに済んでいるのは、先生のおかげだ。


「コナツ殿、あなたがわがメイソード王国の者たちのために尽力してくれたこと、忘れません。……褒章も授ける予定でしたのに、できなくなってしまったわ。それに、戦争が終われば一緒にお料理や刺繍もしてみたいと思っていましたのに」


 きりっとお礼を述べて、それからすぐに眉を下げながら言ったのはメイソード王国の王妃様。あたしが王国に来た時期が大変な時だったこともあって、あまりお会いする機会がなかったのだけれど、そんな風に想っていてくれたことを初めて知った。でも、料理は、あの、バクハツするから……できなかったと思うけども、うん。


「コナツさん、まさか突然こうなるなんて思っていませんでしたわ~! あのお屋敷でご一緒させていただいて、わたくし、とっても心強かったのですわ~」


 皇女殿下の反対側から、あたしをぎゅうぎゅう抱きしめてそう言ったのはイリーナ様。あたしのほうこそ、イリーナ様がずっと一緒にいてくれたのでなければ、あの広く豪華なお屋敷の中で、不安に押しつぶされていたと思う。あたしにもエルシオ様たちのためにできることがあるんだって、教えてくれた人。


「コナツ殿。私はまだまだ未熟な身ですが、守らせていただきながら、学ぶことも多くありました。私の知らないあちらの世界の話も、もっとたくさんお聞きしたかった。……時間が、足りませんでしたね。あなたと出会えて、よかったです」


 膝まづいてあたしの右手を取って額に当てながらそう言ってくれたのは、ネイシア様。きっとあたしを怖がらせないように、すごく気を使って守ってくれていたことを知っている。それはそれとして、かっこよすぎて息が止まるかと思った。


「コナツ様。短い間でしたが、お仕えできて光栄でした。ご不安なことも多かったでしょうに、わたくしども使用人にまで気をつかってくださるコナツ様に、皆温かい気持ちになっておりました」


 きれいにお辞儀をしたメリィさんは、そう言って瞳を潤ませた後、そっと抱きしめてくれた。やっぱり、メリィさんはお母さんみたいだなって思う。あたしのぽんぽこりんなお母さんとは比べられないくらい美人だけど。


 そうしてあたしが美女たちに囲まれぎゅうぎゅうされていたら、絶対これからのことで忙しいのに、エルシオ様や、ジルファイス殿下たちまで、たくさんの声をかけてくれた。


 だから、あたしは、あたしは。


「なんてやわらかフローラル……!」


 違うな。これは違う。美女と美少女にぎゅっとされて、超良い匂いだしやわやわで温かなんだけど、これじゃない。混乱すると思ったことがそのまま口から飛び出す癖、治ってなかった! かつてお城で国王様前にして『美形!』と叫んだのが黒歴史なのに!


 だけどあたしの奇行を美女たちはスルーしてくれて、絶賛フローラルにぎゅうぎゅうされている。エルシオ様たちは再び難しい話に戻ってるけど。


(けど、そっか。そっか……。帰れる、けど。もう、シャーロット様たちには、会えない、んだよね)


 それは当然のことで。だって、そもそも出会うはずがなかった違う世界の人同士だ。日本に帰りたいと思っていた。思っている。お母さん、お父さん、友達とか先生とか。会いたい。会いたいよ。


 でも、この場所は優しい人たちばっかりで、すっごく良くしてもらって。あたしなんて、突然現れた不審者だったのに。みんなすっごく偉い人たちなのに。馬鹿にしないで、一つ一つ教えて、あたしの話も聞いてくれて。



 そう、あたし、寂しいの。



『――小夏』



 自分の気持ちに名前がついた時、シャーロット様が、あたしを呼んだ。示し合わせたようにぱっとみんなが離れて、あたしはシャーロット様と向かい合う。さっきまではエルシオ様たちと難しい話をしていたみたいなのに、もう話は終わったんだろうか。わかんないけど、シャーロット様はあたしをまっすぐ見て、ゆっくりと近づいてきた。


「しゃーろっとさま」

『小夏。あなたには謝らなければならない事ばかりね。……本当はもっと、心の準備ができるように時間を取って、ちゃんとあなたの話も聞いて、何なら知り合いをみんな呼んでパーティーだって開きたかったわ』

「……うん」


 これまであたしが関わったメンツを思い出して、メイソード王国の頂点全員集合パーティーになるのでは? と一瞬思ったけど考えなかったことにした。


 いつの間にか、目の前の女神の美貌がよく見えなくなってると思ったら、勝手にぼろぼろと涙がこぼれていた。メリィさんがすかさず渡してくれたハンカチで、ぐしぐしと拭っても止まらない。ぼたぼたおちる涙に、今すっごいぶっさいくな顔してるな、あたし、と思う。


『突然で、戸惑っていると思うわ。小夏。言いたいことは、全て言っていいのよ。あなたはそうする権利があるの』


 目の前までやってきたシャーロット様は、その白くきれいな指先であたしのほほを優しく包み込む。金にも銀にも見える、不思議な色合いのきらきらした瞳でのぞき込まれて、あたしは息が止まりそうなほどに魅入った。


「あたし、あたし、」


 ぐしゃり、とみっともなく顔がゆがんだ。十八歳にもなって、日本でだってもう成人なんだよ。それでも、それでも。



「うえええええええええん! ざびじいでずううううううう! めっちゃどづぜんだじいいいいいいい! もっと、しゃーろっとさまとか、せんせいとか、いっしょ、いっしょに、あ、遊びたかったし! いろいろ、お、お話、したり、とか、! ううううううええええええええええええええん。ふぇえええええええええええん」



 もっと後じゃダメなの? もっと時間をかけてお別れしちゃいけないの? 駄目なんだよね、知っている。あたし頭はよくないけど、馬鹿じゃない。さっきまでのファンタジーなお話だって、ちゃんと聞いていた。全部理解できたかって言われたら違うけど、『今』じゃないとダメってわかってる。



「ばかあああああ! なんとか将軍のばかあああああ! 女神怒らすからあああああ! 最低やろーが全部悪いんだあああああ!」

『そうね、アレが全部悪いことにしておきましょうね』



 泣きわめくあたしに、シャーロット様はぎゅってして、背中ぽんぽんして、頭なでなでしてくれた。もう恥も外聞もない。むしろ割と最初からそんなもんなかった気もするけど! とにかく言いたいこと全部叫んだ。


 ごはんおいしかったとか、先生ありがとうとか、みんな大好きとか、魔王マジ魔王とか、シャーロット様女神とか、永遠に信仰しますとか。なんか色々。最後は自分でもよくわかんなかった。でも、シャーロット様以外の皆も、あたしの頭とか背中とか、優しくぽんぽんってしてくれたのは、わかった。


 家に帰りたい。家族や友達に会いたい。平和な日本で退屈な毎日を安穏と楽しみたいの。でも、ここで会った大好きな人たちとお別れするのは寂しいの。悲しいの。


 わがままだよ。知ってるよ。どっちか一つ選ぶなら、絶対に日本に帰ることを選ぶ自分のことだって最初から、知っているんだ。みんなも、知ってたんだ。


 だから、誰もあたしに聞かないの。『帰りたいのか』って。それであたしが『帰りたい』って答えることをみんな判ってるの。自分でそう答えて、みんなに二度と会えなくなる選択を口にする事実に、単純なあたしは簡単に傷ついちゃう子供だってことを、知っているの。だからみんな、聞かないんだよね。




 みんな優しい。だいすき。――でも、あたしは、帰るんだ。














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