10/111 或る始まりの噺
なんか、私への罰がめちゃくちゃ重かったかのように語られている。エーまで神妙な顔をしているのが面白い、と思ったが、口に出すとキレられること請け合いなので私は黙った。
(んー。エーが私たちに迷惑をかけたことを反省しているならそれでいいかしらね)
私は言わずもがな、ルーも割と意図的にエーの罪悪感を煽りに行っていると見た。むしろ、長々と語る必要があったのか疑問なところまで話しているのは、エーへのお仕置きを半分含む。ほかの神々からの罰は受けたけど、私たちからはまだだからね。
まあ、残りの半分は、適当にサクッと流すと絶対に納得しない何人かのために語っている。ぶっちゃけものすごく端折ってまとめると、『私たちは神様で、エーがやらかしたせいでこんなことになっているのよね』でも済む話である。
けどルーったら、私に与えられた罰に対して私が思っていたより腹を立てていたらしい。もちろん、ルーの語ることは全部事実だし、人間として生きている間は精神も人間だったからいろいろと振り回されたのは否定しない。否定しないが、『刈宮鮮花』や『シャーロット・ランスリー』だった時の『私』を思い起こすに、人間であったとしても鋼メンタルだったから別にそんな深刻にならなくていいのでは? と思う。神であろうが人間であろうが、私という存在は壁があれば破壊して進む女だよ。
てか、ルーこそ、エルたちが住まうこの『方舟』をここまで育てることに始まり、本来三柱で治めるはずだった神々の世界をひと柱で治めることになったりと、これだけでも尋常じゃない苦労があったはずだ。その上であの子は、私とエーのことを、視ていなければならなかった。手を貸すことも助言することも、姿を見せることすらできず、ただ見ているしかできなかった。……『シャーロット』である『私』の場合は転生の最後であり、いろいろと事情があったから交流もあったが、私が思い出すまで彼は『自称神』としての立場と距離で居続けたのだ。それしかできなかったから。
エーへの罰は、力の剥奪と、罪悪への後悔。
私への罰は、繰り返す転生で経験する艱難辛苦。
そしてルーへの罰は、……手を出すことを許されない無力の実感だ。
私たち三柱は、持ちうる能力が桁違いであるために、精神的に罰を与える方式が採用されたのである。
というか、エーの一撃で被害を受けた神々は、エーの罰を軽くする――存在の重要性から滅ぼせないことも加味したうえで――のと引き換えに、私やルーにも『罰』を負わせたが、それをしたかったわけではない。
むしろ、断腸の思いというか、「あなた方がそんなことまでする必要はありませんよ!」という悲鳴に近い声も多かった。私の信者が神々の中にいるという事実だけでもわかるように、私とルーの人望……神望? は厚いからね。エーも、あれはあれでちゃんと一目置かれた存在だったし。
腐っても『最初の三柱』である私たちは、マジでほかの神々とは比べ物にならない力を持っている。存在し得るすべての神々の『力』は私に根源を持つし、神々自身の成長を含めた変化はルーの存在があるからだし、神々のあらゆる意味での『強靭さ』はエーに由来するのである。
でも、それほどの存在である私たちでも、やらかしたことの責任は取らなければならない。力技で何とか出来るほど被害が軽くなかった。そして私とルーにとって、エーは大事な可愛い弟で、あの子がやらかす前に止めるべきだったのだ。それができなかった代償を負うのは当然だろう。
……さて、それはそうとして、なんか脱線したりしたこともあって結構長く話している。そろそろ話をエルたちが住まう『方舟』に戻したい。エーの暴挙によって私たちが背負った何やかやについて愚痴りたいがためにここにエルたちを集めたのではないのである。
『これで私たちの事情についてはざっくり分かったわよね』
なんとはなしに重い空気を醸し出しているエルたちに、私は事更軽く言った。エルたちは一瞬戸惑ったが一応頷いたので、よしっと私は一番今、深刻で重要なことを告げることとした。
『じゃあ、話を最初に戻すわね。そんなこんなでエーから一番最初に被害を受けた『この世界』は、今、崩壊の危機にあります』
「「「「「……。……!」」」」」
そうだった! みたいな反応を一斉にされたけど、一応私やルーが語ってきた神々のいざこざは、今ここに至るまでの経緯の説明であって本題じゃないからね。前振りが長すぎたのは反省しよう。でも私は言った。
『重要なのは『この世界の創造主はエイヴァ』だということ、けれど『今の管理者はルーヴィー』だということ、そして……『この世界は歪みによって崩壊寸前』だってことよ』と。
さらにこうも言ったはずだ。『当然放置すれば崩壊一直線よ。でも、そうさせないために、私たちが動いてきたの』と。お判りだろうか。私は、最初に、話していたのだ。
「はい、シャロン、質問です」
そういえば! という顔から何かを考えて、律儀に挙手したエル。私もそれにのることにした。
『はい、エルシオ君、質問をどうぞ』
「うん。えっと、シャロンが僕らの世界に転生をしたことで、ほかの世界と同じように修復が終わったんじゃなかったの? 『管理者』としてルーヴィー様も僕らの世界を見守って下さっていたんだよね」
核心をついた質問である。さすがは私の義弟。
『そうね。でも言ったでしょう。『エーとルーの力って根本的に相反している部分がある』って。……つまり、エルたちの世界を創ったエーの力が核になっているから、どれだけ丁寧にやってもわずかな綻びが生じるのよ。……それがあの世界での『魔物』よ。歪みから生じた破壊衝動の塊』
魔物がエーに従うのも考えれば簡単な話で、世界そのものの核であり創造主である『エイヴァ』と、世界の歪みから生じた……つまり、『世界がほころびて零れ落ちたモノ』である魔物とが、明確な上下関係にあっただけである。
そんな私の説明に、エルたちは私を見て、エーを見て、再度私を見た。そんなに見られても事実は変わらないので受け止めるべきだと思う。
『で、ね。その歪みって最初は小さいものではあったのだけど、世界が成長すればするほどに塵も積もれば山となるというか、年々大きくなってね。それが『魔物の氾濫』という形で影響を与えたりもしているのよね。でも世界も成長を続けて強くなっているから、目に見えて大きな変化はなかったわ』
なかったんだけどね。私の言葉にジルが眉を顰める。
「……ですが、それまで起こっていなかった、『秘魔の森』での『魔物の氾濫』が起こるようになりましたが……?」
それな。一応、理由はある。そして、その理由は私たちにすごく関係しているのだということを、私も、力を取り戻してざっくり把握した。ベルキス将軍という屑を消すかどうかの瀬戸際で力のせめぎ合いをした時に、ある程度ルーの記憶を読めたからね。けれど、やっぱり情報元であるルーの方が詳しい。ので、私はルーを見た。エルやジル達も、ルーを見た。
『「「「……」」」』
無言の圧を受けたルーは、若干たじろいでゴホンと咳払いをした。
『う、うむ。あのな? ……なんというか、エーの力は本当に強大だったから、力を隔離封印した後その状態になじむのに時間がかかってな、エーは長い時間森で眠りにつき、そのせいでエーに影響を受けた森が魔力と魔物溢れる『秘魔の森』と呼ばれるに至ったんだが……ちょっとその森、力が人間にとって悪影響過ぎたから封印することにしたのだ。ただ、我が直接封印することは人間のためにはならないと判断した。だから、封印のカギを人間に託したのだ――』
✿✿✿
――昔々の話。とある村の跡地に、二人の青年が立っていた。かつてそれなりに栄えた村があったはずだった。神をまつる社を中心とする平和な村。
滅びた村の村長の息子とその親友の男は、見聞を広めるため数年前旅立ち、戻ってきたところだった。あらゆる困難を乗り越え出会いと別れを繰り返し、懐かしい故郷の地に舞い戻れば待っていたのは何もない滅びた土地だったのだ。
彼らは嘆き、怒り、なぜと問うた。そこに住んでいたはずの肉親を、友を、探した。けれど得たのは噂だけ。『神を騙った『魔』に、村は魅入られ滅ぼされたのだ』と。
『魔』に復讐をしよう。彼らは言った。たとえ敵わずとも、命を懸けて人ならざるモノに挑もう。神たりえぬモノに牙をむこう、と。
しかし、憎しみにその身を焦がす彼らの前に青き神が降臨する。
青き神は言った。『加護と祝福を与えよう。それらをもってして『魔』たるものの力を封じよ』と。
かくして彼らは、これを受け入れた。それが『魔』への復讐になると信じた。
――村長の息子であった青年は、神の加護を得て『聖人』と呼ばれ、国を興し、王として立った。かつての村があった場所を中心として、大きくはないが豊かで穏やかな国を治めた。
彼の親友であった青年は、祝福を受けた。ただ人には過ぎるほどの膨大な魔力を持って王を守護する矛であり盾となった。青き神によって与えられた力を秘めた瞳は世界で唯一の紫を宿した。
『魔術大国』にして『秘魔の森の番人』たるメイソード王国と、ランスリー『筆頭』公爵家の、興りであった。