10/110 神々の選択(エルシオ視点)
お久しぶりです…。やっと続きが投稿できました。
なお、前話以前、『若者組集合』のように書いていたにもかかわらず、ターナル男爵夫妻(魔道研究所所長夫妻)の存在が抜けていたので、追記しております。
ルーヴィー様が、シャロンを遮ってまで口をはさんだ理由が、僕にはわかる気がした。シャロンは『なぜに?』と言いたげな顔をしているが、僕がルーヴィー様の立場でも同じことをしたと思う。
シャロンは自己肯定感にあふれていて、自己卑下も自重も謙遜も全くしないけれど……自分に降りかかった災難や困難や理不尽を軽く扱う時がある。
いや、軽く扱う、というのは語弊があるかな。報復はするし。でも、シャロンに話してもらうと、ひくほど重い内容でも軽く聞こえることがある。それはシャロンがとっくに乗り越えた事柄だからかもしれないし、そもそも最初から彼女にとっては大したことではない時もあるけれども。
でも、それだと、彼女が受けたことの重みや理不尽さは正しく伝わらない。それは、許せないと思う。それが僕のエゴだとしても。
(ルーヴィー様も、そう思っていらっしゃるのかな)
つまりそれほどに、シャロンが引き受けた『罰』は重いのだ。僕らはそのまま、ルーヴィー様の言葉に耳を傾けた。
『ロー姉が引き受けたのは、言い換えれば傷ついた世界の修復と、『手入れ』だ』
語り手を譲る様子のないルーヴィー様に、シャロンも諦めたように息を吐いて紅茶を一口飲み、任せることにしたようだ。そうして語られた内容に僕らは若干の困惑をする。世界の修復はわかる。エイヴァ君の暴挙で予想以上に甚大な被害が出ていた。でも……『手入れ』?
「『手入れ』、ですか?」
僕は素直に首をかしげて問う。同じく理解が及ばなかった人がほとんどのようで、真剣な顔でルーヴィー様を見つめた。シャロンは口をはさむ気はなさそうに静かにほほ笑んでいるだけだし、エイヴァ君はやや悲しそうにうつむいていたけれど。
『そうだ。ここしばらくは比較的善人……? のような振る舞いをしているが、ロー姉は巡る際に『調整者』としての役割も担っていた』
シャロンを善人と称すことに懐疑的な言い回しになる気持ちはとてもわかります、ルーヴィー様。……じゃない。『調整者』――唇だけで僕は復唱する。ルーヴィー様の声は感情を完全に排除したものだった。
『文字通り、それは生まれ育った世界の『調整をするもの』ということだ。神格と記憶を封じられたロー姉には、……『人』として生きる上で行動の指向性を決定づけられていた。操るというほどではないし、そこまで強い縛りは流石にロー姉相手にはできん。だが、それゆえに自由意志を持ちながら無意識に縛られた行動で、ロー姉は悪人にも善人にもなった』
僕らの眉は、だんだんとしかめられてゆく。
『善も悪も、本来まっさらであるはずが、ロー姉はその役割を背負って生まれるのだ。時には、時代に不相応に発展しすぎた文明を破壊し、暴君を断罪し、或いは先駆者となって国を滅ぼし、或いは滅ぼされ、……聖者として人々を導いた人生もあれば、大罪人として裁かれた人生もある。そうしてロー姉は何度も何度も、『人』としてあらゆる世界に生れ落ち、『人』として生きたのだ。生と死を繰り返し、その力をあらゆる『方舟』に注いできた』
つ、とルーヴィー様は視線をコナツさんに向ける。
『そこの……長峰小夏の世界もそうだ。今世、『シャーロット・ランスリー』として公爵家に生れ落ちるより前に、『刈宮鮮花』として産まれ、崩壊しつつあった世界の経済秩序を整えるために生き、そして死んだ』
コナツさんが息を止めた。『カリミヤアザカ』。聞いたことがある。それはコナツさんが元の世界で、神のごとく崇拝している女性だと。カイシャ……巨大な商会のようなものを経営し、各国の有力者たちに助言を与え、救った人物だと。
「……つまり、神々の望まない方向に進んだり、自壊しそうだった『方舟』の軌道修正をもシャロンが担っていた、ってことですか?」
問う。
『そうであるな』
端的に肯定し、『確かに、』とルーヴィー様はつないだ。
『ロー姉は強大な力を持っている。そして『管理者』としても別格だ。与えられた指向性……『調整』を成すために『最適解』をはじき出せる。そのように動ける。それを実現する力があるのだ』
そして青き神は苦い顔をした。国王陛下が極力感情を出さないように――多分身内だけなら舌打ちでもしていらっしゃっただろう雰囲気で――発言をする。
「一国の王としての発言です。……それは、『管理者』である神々は本当によろしかったのでしょうか? 国で考えれば、他国からの内政干渉に該当する行為では?」
『そうだ。本来、自ら管理する世界の調整も修復も、その『方舟』を持つ神々自身でせねばならん。なのにロー姉に頼り、しかも神格を封印した上でやらせるなど、そんなものはただの搾取ではないか!』
一瞬だけ、死の光景を垣間見るほどの怒りが発露された――気がしたが、シャロンがふわりと笑って何かをしたようだ。すぐに遮られた怒気は、本当に気のせいだったのかというほど打ち消されており、この場の半数ほどは、ただルーヴィー様の低い恫喝に気圧されただけのように感じただろう。
僕と同じく、シャロンのしたことに気づいていたのだろうジルファイス殿下は、「さすがシャロンですね」という目を一瞬だけして、すぐにルーヴィー様に問いかける。
「ではなぜ、それでもシャロンがその責務を負ったのです?」
『……あの方法しかなかったからだ。……我やロー姉も含め、それこそ『最適解』を導き出した結果がアレだからな。だからここでいう我の文句もただの愚痴だ、聞き流せ』
ルーヴィー様は深いため息とともに言ったけど……愚痴。愚痴なんですね……? 神の愚痴であやうくか弱い僕ら人間の心は恐怖で死ぬところです。シャロンが守ってくれなかったら絶対何人か泣き叫んで発狂してたくらい怖かったです、ルーヴィー様。
僕は心の中でそう思ったけれど、声には出さなかった。シャロンは「本当に仕方のない子ね」と言わんばかりに笑っていた。
『決定的な理由としては、『破壊したのがエーだったから』だな。この子の際限のない攻撃性はそこらの神々では太刀打ちできんし、生じたゆがみに下手に手も出せん。うっかり神々まで歪みに取り込まれかねんわ』
はぁ~あ、とまたも大きく大きくため息をついたルーヴィー様。僕とジルファイス殿下と、ラルファイス殿下はその様子に共感を覚えた。最古の『魔』であるエイヴァ君のお世話係だった僕らは、彼のやらかしの後始末に追われる日々を過ごしたものだ。
僕らが遠い目をしているうちに咳払いしたルーヴィー様は、二番目の理由を話し始めた。
『それに、破壊された世界には、一部の弱き神々の小さな『方舟』もあったのだ。その管理者たる神自身に任せれば遠からずそこに住まう人々が滅びたであろう『方舟』が。……それを切り捨てるには、エーの罪は重く、ロー姉は優しかった。……そして一部の『方舟』だけが『全』たるロー姉の恩恵を授かることをそのほかの神々の不満がな……』
『あー。あれはね、困っちゃったわよね。エーの暴挙に対する怒りにはまだ冷静に対処していたのに、私の恩恵を受けるかどうかって話になったとたんに神界大戦が起こりかけるとは思わなかったわ』
『純粋にロー姉の恩恵を受けてより良い世界を創りたい貪欲派と、ロー姉の力は必要な場所に必要なだけロー姉の意志で与えられるべきという信者派と、逆に自分の力で調整と修復を成し遂げてロー姉に褒めてもらいたい忠犬派の三つ巴であった……』
乾いた笑いを上げたシャロンに死んだ目をしたルーヴィー様。僕は思わず声を漏らした。
「あ、神々の中にも信者がいらっしゃるんですね」
『いっぱいいる』
そう言ったのはエイヴァ君だったし、かつてないほど真顔だった。いっぱいいるのかあ。そっかあ。やっぱりそうだと思ってたんだあ……。しかも変な派閥があるみたいだし、神様って、神様って……。
僕らも乾いた笑い声をあげた。なお、そんな神界大戦一歩手前は、シャロンが『エイヴァ君の攻撃で被害を受けた『方舟』に一律で恩恵を与える』ことにするとして収めたらしい。
ともかく。再度、咳払いで気を取り直して、僕らは話を続ける。
「それは、『人としての転生』でなければならなかったのですか?」
僕の質問に、うむ、とルーヴィー様はうなずいた。『転生』の必要性はあったらしい。さっきまでの話だと、どうもシャロンとルーヴィー様は『罰』というよりも『エイヴァ君がやらかしたことのしりぬぐい』っていう側面が強い気がする。それなら、転生しなくても修復や調整はできたんじゃ……?
そう思ったのは僕だけではないようで、何人かは怪訝な顔をしている。そしてもう一つ、合わせてうかがってもよろしいですか、とジルファイス殿下が挙手をして質問を重ねた。
「転生の際、記憶をも消されなければならなかった理由があるのでしょうか?」
『うむ。どちらも理由はある。まず転生だが、『魂の回廊』……輪廻の通り道というべきか? まあ、全ての生き物が死に、その魂が次の生へと流転する際に通る道だが、エーの一撃でそこにも被害が及んでな……。前世の記憶をもって生まれる者や、転生中に異界の挟間に墜ちてしまう者、同じ人生を何度も繰り返してしまう者など様々な障害が生まれたのだ』
これにも頭が痛そうにするルーヴィー様。僕らには少し想像が難しかったが、コナツさんはぼそりと、「王道ラノベストーリーだぁ……」と呟いてなぜか目を輝かせていた。『らのべすとーりー』何かはわからなかったけれど、僕はそっと聞かなかったことにした。
『まあ、異世界転生や逆行なんかの現象は、割と面白がって神々も観察していたのだが』
「面白がってたんですか」
『うむ。そんな目に合っても強く生きようとするものが多くてな、これだから人間は面白いと言っておった』
「神様ェ」
思わず突っ込みを入れた国王陛下は、ルーヴィー様から返ってきた答えにほほを引くつかせていた。もちろん、その現象の被害者になる可能性がある僕ら人間からすると全然面白くないのは同感なのだけど、なんとなく国王様はそんな目に合っても強く生きていけるタイプの人間だと僕は思ったし、ほかの人々もそう思ったようだ。むしろ自分もそうなのでは? と自問し、そうかもしれないという自答をしてしまったのも、やっぱり僕だけではないっぽい。僕らはどういう顔をすればいいのかわからなかった。
なお、コナツさんは呆然として「ラノベ主人公系メンタルの人間って意外と多いんだ……?」と言っていた。やはりよくわからなかったので、スルーした。
『とにかく! 神々が面白がっていたとはいえ、いつまでも魂の通り道が破損していては困る。だが、言ったように人の魂が通る場所だ。下手に一気に治そうとしたり、外から手を加えると人々の魂にどんな影響を与えることか……。だから、その通り道の内側から時間をかけて修復していくこととなったのだ。つまり、転生を繰り返すことによって何度もそこを通って治そうというわけだな』
なお、『魂の通り道』破損の際に傷ついた魂の救済も、シャロンとルーヴィー様の仕事だったらしい。
『さて、次に『記憶の封印』だが……記憶は力に結びついている、というのが大きな理由だ。ロー姉ほどの女神の力を封じるのは並大抵のことではない。記憶を残せばたやすく封印も崩れる。……それでなくとも、転生を繰り返すうちに封印は綻びやすくなっていたし、今世に至っては途中で記憶を取り戻している。そして、その神力も戻りつつあるのだ』
そしてルーヴィー様は横目でシャロンを見た。シャロンはうふふ、と笑っていた。僕らはその笑顔を見て、どうしてか戦慄した。なので、やっぱり見なかったことにした。話に、集中、しよう!
『あとは……神である『ローヴァ』の心のままでは、どれほどの罰にもならぬと数多の神々が口をそろえたからだ』
そして、僕らは息を飲む。確かにこれは、シャロンたちに下された『罰』の話であったのだと。