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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/102 理由のないすべて


 『自称神』と言えば、青っぽい光だったのだけれど、目の前の『彼』はしっかりと人型である。


 青く長い髪はきらきらと七色の光を弾き、ゆらゆらと揺蕩って空中に毛先が消えてゆく。整いすぎた容貌の中で金にも銀にも見える瞳が印象的だ。


 そうして『彼』は、必死の形相で私の右腕をとどめている。ぐっと押すが、押し返される。視線が交錯する。『彼』は多量の汗をかきながら、それでも引かなかった。


 ぶわりと私から黒い力が、『彼』から青い力が沸きあがる。重く。濃く。鬩ぎあい、威圧しあう。


 どけと念じた。どかないと意志を感じた。薄く、薄く、私は笑う。怒りを隠しもしない笑み。憎悪するには矮小な存在を、だがしかし許容できずに嫌悪している。あれは私の『大事なもの』に手を出そうとしたがゆえに。


 ……けれど、『彼』はひどく必死に、苦しげに、それでいて悲しげな顔をしていた。そこに浮かぶのは痛みだろうか。悼み、だろうか。


 そうね、知っている。『彼』は優しい子なのだ。私よりもずっと。だから『彼』が『世界』なのだ。抱くすべてを『彼』は慈しみ、そして憂う。


 『彼』は私を止めることに罪悪を感じてなおそこに立ちふさがっている。


 あの屑を消す、という私の意志。それをさせないという『彼』の意志。ぶつかり合う目に見えないモノたち。私たちに傅き崇め従うモノどもすらも巻き込んで。


 世界が悲鳴を上げて歪もうとしている。軋もうとしている。限界のカウントダウンが駆け足になる。


 だけどそれが一体どうしたのだ。そんなものはどうとでもしてみせる。


 風、火、水、土、雷、光、闇。生と死。時間と空間。過去・未来・現在とそれらを超越した(うつ)ろ。何もかもすべてがこの手にある。すべてが意のままだ。


 破壊と創造と消滅と再生と――。



 それでも、お前は止めるのね。



『それをしては、ダメだ……! あなたにも、これ以上の……を、……ない……!』


 かすれて途切れる言葉とともに、深い深い深海の青を思わせる力が、私の漆黒の力をじわりと包み込んでいった。こちらも当然、飲み込み返そうとするが……一瞬の拮抗をするものの、またジワリと侵食が始まり、止められない。


 この私を、今、抑え込めるのは『彼』だけだ。これだけ威圧してそれでもひるまないならばこうなるのは道理。


 まだ(・・)、封印を解いたばかりの私の力は、『彼』の力に飲み込まれてゆくしかない。……仕方ない。本来(・・)であったとしても、『彼』はもっとも私に近い力を持っているのだ。


 深く、長く、息を吐きだす。激情をゆっくり、しまい込む。怒りは消えない。赦しはもたらされることはない。ゆえにあの屑は裁きを受けなければならないが――()はとどめなければならないようだ。お優しいこの世界の『管理者』が、それをするなと私に言った。


 必死な『彼』がちゃんと私を止めに来たから、ここは引いてあげよう。


『間に合ってしまったのね。あと少しだったのに』


 ぱあっと輝きを放って消えた『力』を見て、ようやく『彼』は私の腕を離した。私はため息を軽くついて、ほほに手を当てながらそう文句を言った。すると荒い息を整えながらも『彼』はわめく。


『死ぬ気で来たわ! ××××姉上! もおおおおおお! 世界ガッタガタなのだが!? あと半年分の成長を突貫で行ったが!?』

『やだ、それがあなたの仕事でしょう。頑張りなさいよ』

『我の仕事を増やした本人が何か言ってる……!?』

『あらあら、それは勘違いよ。私は我慢していたわ。そこの屑が愚かなことをしたせいでこんなことになったのよ』

『………っ』


 私の言葉に、苦虫をかみつぶしたような、怒りをこらえているような、やるせなさに打ちひしがれているような、形容しがたい表情を浮かべる『彼』。と、そこで地上からせっせとこちらに向かっていたらしいエルたちの声が届いた。


「え、っと……。とりあえず、どういうことなの、シャロン……?」

「できれば説明と、この状態の収拾をつけていただけないでしょうか?」

「あ、兄上だ……。まさか兄上まで来るとは……ここは兄上の世界になったのだったか?」


 弱冠一名、白い人外がブツブツと言っているが、まあ確かに。ここに至ってはいろいろと説明が必要だろう。映像転送魔道具である程度の状況を見ているだろう王城の人たちにも、お話が必要である。


『そうね、エル、ジル。仕方がないから『場』を設けるわ。でも、その前に……』


 バチン、と指を鳴らす。『彼』の背にかばわれていた屑が、恐怖に満ちた絶叫を上げて崩れ落ちた。懇願だった気もする。「いやだ、やめてくれ」と。「助けてくれ」と。戯言だ。この程度の罰はあれが犯した私への無礼の代価にもならない。むしろこの程度だったことを伏して感謝するべきだろう。


『……そなた……いや、まあこのくらいならいいか……』


 『彼』はあきれていたが、そのほかの面々は私が何をしたのかわからなかったようだ。真っ青になって屑と私を交互に見ている。


『魔力を根こそぎ奪っただけよ。もう魔術は使えないわ』


 存在を消さない上で一番あの屑がダメージを受ける罰はそれだろうと思ったからだ。『彼』がここにいる以上、今できるのはこの程度だろう。ま、気を失っているあの屑は、目覚めたら発狂するかもしれない。知らんけど。


 なお、私の答えにエルたちは絶句した後、「いや、滅ぼされなかっただけまだいいのかな……?」と虚無顔をしていた。


 それはそれとして。


『さあ、××××、××××。二人とも準備はいいかしら』

『……いつでも』

『えっ。我もか? う、うむ、頑張る……』


 私は青と白の人外を呼び寄せ、エルとジル、ついでに引きずられてきたらしいドレーク卿を下がらせる。三人で天に手をかざした。


 ――黒、青、白。それぞれの色を帯びた光が高く高く打ちあがる。


「あ、」


 そう漏らしたのはエルだろうか、ジルだろうか。打ちあがった三色の光は絡み合い、そして……はじけた。


 さらりと風がそよいだ。空が息づいた。この場所を中心に、世界のすべてが色と音を取り戻す。形を成す。ひらめく光とたなびく雲と、緑の香り。砂利を踏みしめる音と流れる川の音。鳥が羽ばたく。獣が奔る。土煙。人いきれ。


 ついでとばかりに、えぐれた土や破壊された砦、堤、森もきらきらとした光と共に本来の姿を取り戻している。人々のけがも癒され、死屍累々にこのあたり一帯で倒れ伏している私たち以外のすべての騎士や兵士・魔術師たちはただ意識を失っているだけという状態にまでなった。


『……放置は忍びないわね』


 燦燦と降り注ぐ日差しの中、騎士服やらの魔術師のローブやらの男や女が延々と眠りこけているというシュールな光景に、私はさらに力をふるった。――メイソード王国軍は王国の王城へ、ヴァルキア帝国軍は帝国の皇宮へ。もちろん屑将軍をはじめとした『重要人物』たちはがっちり捕縛したうえで、とりあえずすぐ近くに在るエブロスト砦の牢へと送っておいたが。


「すごい……」


 思わず漏れたのだろうエルの声に私はふっと笑いをもらす。けど、まだここで終わりじゃない。説明の『場』を設けなければならないのだから。さてどこまで『招待』するべきか。エルとジルにドレーク卿、シルゥ様たちと国王様達、小夏ももちろん呼ばないと。『影』さんたちは……ちょっと多いな……。


『我の領域に招くのか?』

『いいえ? 私の領域(・・・・)に招待するわ』


 少し考えこんだ私に『彼』が問い、私が答える。怪訝な顔で私を見るエルとジルに微笑み、私は胸の高さでひょいと右の掌を上に返す。夜闇のような力が渦巻いて、星のきらめきを封じ込めて瞬く。


 そうして、パッと私たちを含めたすべてを包み込んで、それは広がった。――さあ、全て終わらしてしまいましょう。








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