10/101 あなたは私の世界のすべて
かわいい弟たちが頑張って私にお願いをしている。
……まったく、別に私はこの世界を滅ぼす気なんて最初からない。むしろ、この世界が滅びないようにここ数か月尽力してきたのはほかでもないこの私である。
まあ、あの屑を消すけども。ついでにあの屑の所業に加担したゴミどもも処理しようと思ってたけども。
でもあんなに必死にお願いされては仕方がないから、あの屑将軍だけ消すことにしようと思う。
ぶっちゃけ、この姿を顕現してしまったのだから、何をどうしてもこの世界は崩壊へのカウントダウンを始めているのだけれども、それはなんとかなる。何とかなるように手は打ってきたし、『自称神』のあの子も動いているのだ。
「えっ。『それ』も保留にできませんか!?」
下でジルたちが騒いでいるが、それはできない相談だ。ベルキス将軍はこの私の逆鱗に触れたのだから。
この、私が自ら施した『封印』を消し飛ばさせるほどの怒りを齎した、愚かな男。
触れてはならないものがある。侵してはならないものがある。
怒らせてはならない存在は、あるのだ。
……確かに、シルゥ様に言ったことは嘘ではない。『正しく罰を受けてもらう』と。殺人でこの手を汚すなど冗談ではない、『死』をもって逃がしはしないと。
そうよ、逃してあげないの。私が与える罰を、『正しく』その身に受けてもらう。そしてアレに与えるのは『死』でない。ただここから消して、堕とすだけ。地獄すらも生温い苦痛の中で永劫にもがき続けるだろう。狂うことすらできないまま。そんなこと、もうずっと決まっていた。
それでも、今ここに至るまでは一応、この世界の司法に従った裁きのもと、人としての生を終えるまでは堕とすのを待っていてあげようと思っていた。それなのに、そんな私の努力を踏みにじったのは、あの屑自身だ。
――あの屑が、あの時口を閉じていればよかったのだ。閉じろと言った言葉も聞き入れず、唯一残った忠臣すら振り払った、あの屑。
判ってはいないのだろう。私は、私の両親への侮辱だけなら踏みとどまれたのだ。少なくとも、先ほどのかわいい弟たちの懇願を聞き入れられた。両親を確かに愛していたが、故人となって久しい。今、共に生きる弟たちの言葉を優先できた。許せないが、耐えられた。
だが、あの屑は言った。『お前も殺してわが血肉にすれば』、――と。
この『お前』は、イコール『私』だけを指さないことに私は気づいていた。言い方は単数形だが、条件を満たすのならば誰であっても構わないという狂気があった。私が第一の標的であったとして、魔力を得られるのなら、己の価値を、顕示欲を、承認欲を満たせるのならば誰でもよかったのだ。
あれの心内など、私にも見えている。
エル、ジル、エイヴァ。……『条件』の一つであろう魔力量から言えばドレーク卿は漏れただろう。けれど私の大切な彼らをも指して、あの屑は『お前も殺してわが血肉に』と言ったのだ。あの、身の程知らずが。
あれが、私の箍を、外した。あの屑だけはどうあっても今、消すことにした。
そもそもの話、――この私をここまで怒らせた者が、代価なくただ普通に人としての死を賜るなど、『かつて私を激怒させたがゆえに消されてきた者ども』にも失礼だろう?
だから私は止まらない。止まる気はない。
ゆっくり、一歩一歩を進む。私に傅く者たちが私の道を整えてゆく。
――この姿を顕現し、世界は加速度的に崩壊に近づいている。世界を滅ぼすことはしないとエルたちにも言ったのだから、ちゃんと配慮をしているのだ。薄氷を割ってしまぬように、優しく歩いてあげているの。
だから、これは『彼』への猶予にもなっているだろう。
私を力づくで止められる存在は 最初から『彼』だけ。
さあ、どうなるかしら。もうついてしまうのだけれど。崩れて怯えて動けもしない愚かな屑が、もう目の前だ。
とん、と、足先が地面につく。ふわり、と花々が咲き、幻のように舞い散った。ゆらゆらとたなびく黒髪をするりと背中に流す。
『私、私の大事なものに手を出すものは、許さないのよ。――間違えたわね、お前』
絶対的な正しさは存在しない。誰かにとっての英雄は、誰かにとっての悪魔だろう。他人の価値観に口を出すほど暇ではない。――私に、関係ないところでやるならばの話だけれど。
だって私も、私の価値観で動く、誰かにとっての英雄で悪魔だ。
その私を敵に回したことも、ランスリー公爵家に目を付けた最初の一手も、浅ましくも力を望んだことすらも、この屑は間違えていた。
私は私が一番大切だ。私の邪魔をするものは排除する。ある程度の配慮はするが、遠慮はしない。
この男は、私にとって有害であり、邪魔者であり、罪人である。
裁きを与えよう。
ふわり、と私の右手に力が渦巻いた。黒く、黒く、凝縮された力。目の前の足元で、屑がわめき、もがき、逃げようとしている。そのすべてに意味がない。声は届かず、動きは緩慢。ああ、無様ね。
『終わりよ。――×××』
唱えたのは『高位存在』の言葉。もがき蠢くことすらやめたソレに、私は右手を振り下ろした。
けれど。私とそれの間に滑り込んだ青い人影に、ぱしん、と腕をとめられた。
『……っ』
『あら。間に合ったのね、『自称神』。いいえ、――××××』