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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/100 ゆえに、創造主は幽玄を視る(ジルファイス視点)


 ぶんぶんとエイヴァが顔を左右に振っている。


「無理だ! ××姉上だぞ!? 我、無理!」


 頭が首から転げそうな勢いである。が、ゆっくりとは言えども着実にベルキス将軍へ向かって歩を進めているシャロンがいるため、私たちには時間がない。


 幸い、先ほどからのシャロンの守護や、魔術に含まれた治癒によって若干ながら私たちの魔力も戻ってきた。焼け石に水だろうが何だろうが、やらないよりはましであるし、もしかしたら私たち三人の話だったらシャロンは聞いてくれるという可能性がある。


 なお、ドレーク卿は守られてこそいるようだが、戦闘での負担が大きすぎたのだろう、またも意識を失っていた。つまり、私たちはたった三人で、やり遂げなければならないのである。


「つべこべ言わずに行動しましょう、エイヴァ。何事も、やってみなければわかりません」

「そうだよエイヴァ君。とりあえずシャロンの注意をこっちに向けることができればいいと思うんだ」


 がっし、とエイヴァの腕を両側から掴んだまま、私とエルシオが言いつのる。そう、シャロンには今、おそらく仕留めるべきベルキス将軍(標的)しか見えていない。むしろ、意図的に雑音を一切排除している可能性すらある。そうでなければいくらこれほどに距離が離れていたとして、この静寂の中で唯一狼狽えまくっている私たちの様子に気づくはずだ。気づいていて完全に流しているという可能性もなきしにもあらずだが、ならば無視できないほどの行動を起こすのみである。


「姉上だぞ!? 我、姉上に勝ったことないぞ!? 兄上がいればもしかするかもしれんが、我はまだ、力のすべてを取り戻してもいないのだ!」


 またしても見知らぬ『兄上』なる存在がいるらしいことが判明したが、そんなことはどうでもいい。今この場にいないエイヴァの『兄上』なる存在に頼ることはできないのだから。


「エイヴァ君がシャロンに勝ったことがないなんて初めて会った時から知ってるよ。勝てるかどうかじゃなくて、一回落ち着こうって伝えるだけでいいから!」


 今日もエルシオはごく自然に辛辣だな、と私は思った。


「そうです、エイヴァ。私たちも微力ですがもちろん共に動きます。あなたを頼りにしているのですよ、エイヴァ」

「エイヴァ君、君ならやってくれると信じているよ」

「……む。むむ、ふん。そ、そうか? そうか!」


 この人外は普段は本当にちょろいな、と思ったけれども口にも顔にも出さなかった。にっこりと微笑んでいたエルシオも、おそらく私と同じ内心だったと思う。


 そしてここまでで、ゆっくり歩を進めているシャロンは、ベルキス将軍まで最初の位置から測ってあと半分、といった距離まで詰めている。多分、意識だけはあるが特に守護されていないせいで自由に動けないベルキス将軍は恐怖の極致だろう。私たちからは多分あれがベルキス将軍なのだろうな、というぼんやりした何かにしか見えないけれど。


 一方で、ゆっくり着実に空中を歩き続けるシャロンは、太陽の光どころか風や水を従え、どこからかやってきた美しい花々が彼女の周りを舞い踊るという幻想的な姿となっている。現実離れしすぎて絵画としか思えない光景だ。なのに私たちの話声以外に一切の音が失せているというのが恐ろしい。ちなみに、色を失っていないのはシャロンの周囲と私たち、そしてベルキス将軍だけだ。


 さて。


「だがな、よいか、ジルファイス、エルシオ。我の本質は『永遠』であり『不変』だ。簡単に言うと固定や防御の方が向いているのだ。だが、それも今の姉上の前ではあんまり意味はなかろう。どうせよというのだ?」


 あまり考えている時間がないのはわかっているらしいエイヴァが問うてきたことに、私とエルシオは顔を見合わせ、うなずきあった。


「エイヴァ、あなたに聞きたいことはたくさんありますが、後にしましょう。とにかく、シャロンの足を止めることが先決です」

「結界をシャロンの前に張ればいいでしょうか? ……エイヴァ君、お願い」


 私の言葉にエルシオも答えた。そして請われたエイヴァも、渋々、といった調子を残しつつ頷く。


「判った。……エルシオ、ジルファイス。我の背に手を当てろ」

「こう?」

「これでいいですか?」


 少し考えたエイヴァに言われ、私たちはその通り、エイヴァの背の右側に私が左手を、エイヴァの背の左側にエルシオが右手を当てるという状態を作った。


「我に魔力を流せ。我なら拒絶反応など起こらせん。そのまま我の糧となり、お前たちの力を上乗せした結界を作れる」


 なるほど、やはりエイヴァも十分逸脱した実力を持っているのだな、とここでも思う。そんなことは今日だけでわかりすぎるほどにわかっているのだけれど。


「判りました」

「ありがとう、エイヴァ君」


 そして私たちは魔力を練り上げる。さきほどほぼ使い切って、あまり回復はしていない。それでも、このシャロンの守護のおかげで、すぐに魔力枯渇に陥ることはなさそうだ。限界寸前まで精緻に練り上げ、譲渡していく。視界が揺れそうになるのは精神力で耐えた。


 ――やがて、これ以上は渡せないところまで来た、その時。


「×××……×××……××××」


 エイヴァはおそらく、魔術を唱えた。けれどその言葉は私たちには聞きとることができなかった。これが、エイヴァいわく『高位』の者たちの言葉、なのかもしれない。


 そう思いながらも必死で意識を失うまいとしていた時、すうっとエイヴァの纏う()が変わっていくことに気づいた。ほぼ同時にエルシオも気づいたのだろう、息をのむ音が聞こえる。


 ベースは白。けれどその背丈はゆっくりと上背を増し、ややあどけなさを残していたつい先ほどまでから、完全に完成された男の体躯と顔つきとなり、その白髪は風もないのに波打つように伸びて空中へと毛先が消えてゆく。七色の光を弾きながら。そして瞳。瞳の色すらも、金にも銀にも見える不可思議な色彩へと変化していたのだ。


 それはまるで、今のシャロンの姿と同じ現象だ。


「……、」


 魔力をぎりぎりまで引き出し譲渡したというだけではない冷や汗が、またしても全身から噴き出す。ああ、『彼』は正しく、『彼女』の関係者なのだろう。


 空中でまた、一歩。シャロンが足を進めた、その時。エイヴァから白銀に輝く無数の蜘蛛の糸のようなものが放たれた。


 それらはするするとシャロンの体に絡みつき、行く手を阻み、前方に結界を織り上げる。


 美しい光景だった。それなのに結界というよりも門が閉じられてゆくような、世界がそこで終わっているかのような、断絶に近い堅固さ。幾重にも重なり、編まれ、完成されていく。そこに恐ろしいほどの魔力が込められ、私でも理解しきれないほどに複雑に組み上げられた魔術であることだけはわかった。だからこそ、ぴたり、とシャロンは歩みを止めたのだ。


『……あら、××××』


 響く声、あるいは意志。シャロンの気を引くことに、成功したのだ。――が。


『後で遊んであげるわ。おのき』


 振り向き、ほほえむ。それだけの挙動に首を垂れたくなる。エイヴァに魔力を渡したおかげで力の入らない膝が、崩れた。それでも。


「あね、うえ。滅ぼしては、ならぬらしいぞ!」

「シャロン! お願い、ですから、全て終わらせてしまう、のは、待ってください!」

「シャロン、そこまで、する価値、なんてない、よ!」


 切れ切れになる言葉を、それでも声を張り上げて伝える。すると、やや沈黙した彼女は、困ったように笑いをこぼした。深い慈愛のこもった笑みは私たちにまっすぐ向けられ、息も止まりそうなほどだ。――けれども彼女は言った。


『仕方のない子たちね。……安心なさい、『あれ』を、消してくるだけよ』


 そして何事もなかったかのようにもう一歩踏み出した。ぱちん、とシャボン玉がはじけるように、エイヴァの結界はすべて光となって消えた。





 ……。えっ。ベルキス将軍だけ(・・)滅ぼされる……!?








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