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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/97 ヴァルキア帝国皇帝弟ベルキス・アセス・ウロム・ヴァルキア将軍


 魔術を唱えた。今の私に打てる中ではそれなりに強い方の魔術だろう。


「光・水・闇・火。――右の(かいな)で断罪せよ。『鬼神の戦斧』。左の(かいな)にかき(いだ)け。『聖母の揺り籠』」


 天に光がほとばしる。曇天から巨大な二本の腕が現れたのは、その直後だ。闇と焔が渦巻いて筋骨たくましい右腕と巨大な斧を形作る。一方で、水と光が渦巻いて、しなやかで美しい女性の左腕を形作った。その左手指の間には、うっすら水かきのような膜ができている。


「さあ、お眠りなさい」


 私は天に掲げた自分の両腕を勢いよく振り下ろした。――口から攻撃を吐き出そうとする『魔人』たちに、巨大な二本の腕が薙ぎ払うように、包み込むように振るわれる。本能的に逃げようとするものはいるが、無意味だ。空中・地上、土中、水中、どこであっても効果は及ぶ。――範囲は、この戦場全て。


「アアアアア、ゲギャ、アゲエエエ……アアア、ああ、あ」


 怖気のするような悲鳴が上がり、そして消えていった。


 『魔人』。人と魔物の融合。人間としての生き方を奪われた者たち。違法薬物『イーゼア』の被害者ですらある。その上古代魔術で服従させられている。ただただベルキス将軍の操る駒として殺戮を繰り返す憐れな生き物。


 だがしかしこの私にかかれば、そのすべての要素はなんら障害にならないのである。


 魔物と分離させ人としての形を取り戻せば、穢れを浄化し、服従の刻印をぬぐい、傷を癒す。同時に魔物たちは焼き尽くし、また浄化する。『イーゼア』の効果だけは中和剤でゆっくりと対処した方がいいため、とりあえず人の姿を取り戻した彼らには眠ってもらう。心の傷も深いだろう彼らが、夢も見ずに眠れるように、深く深く。


 なお、私の攻撃は当然のように指定した対象だけに効果が及ぶ。戦場全てに効果が及んだが、『魔人』以外は最初にちょっとあったかくて、次にちょっと傷が癒えて、最後にちょっと涼し気な風を感じただけである。ベルキス将軍だけは、私の魔力を返してもらった、というか、私の魔術に共鳴して自動的に回収されたけれども。


「そんな、馬鹿な、」


 ベルキス将軍の顎が外れそうである。ざまあみろ。ちなみにさっき地上に出てきた魔人のほかに、地下にもう少し待機している者もいたらしいが、土中にも効果の及ぶ魔術であるがゆえにまとめて人間に戻しておいた。もちろんそんな彼らを窒息死させるわけにはいかないので、しれっと地上に引きずり出して倒れているいろんな人たちの中にまぎれさせている。ぱっと見死屍累々だけどみんな寝ているだけだ。健全である。


 あー、そろそろベルキス将軍も諦めてくれないかなあ。ヴァルキア帝国軍とか、もはや私にひれ伏してる。かつて『鬼の子』だのと私に陰口をたたいていた野郎も含まれていることを私は知っているが、もれなくひれ伏している。


 そしてどこかキラキラした目で見てくる一部の筋肉野郎どももいるが、あれらはドレーク兄妹系の脳筋なのかもしれない。私はまたしても勝手に師匠認定してくる脳筋との戦いが待っているのだろうかと考え、いったん忘れることにした。


 ともかく。


 ベルキス将軍には早急に降伏してほしい。誰かに捕縛してもらおうか。私がやると、どうしてもやりすぎそうだ。


 私は、今、ベルキス将軍に対してだけは手加減をできる気がしない。私のものだった魔力を取り戻す程度ならともかく、彼の身に直接何かをするという行為はちょっと難しそうだ。


 何故なら、ずっと、気になっていることがあるからだ。だけど、私はそれを今明らかにしたくなかった。明らかにしてしまえば、私は私に施した封印すら破ってしまう気がする。そして、彼へ捕縛魔術を行使すれば、きっと私は疑問への確信を得てしまうだろう。


 ベルキス・アセス・ウロム・ヴァルキア。彼を、私は許せない。すでにそうであるのに、これ以上の怒りを増幅させたくはなかった。比喩でなく世界が滅ぶので。


「……」


 今、戦場で、呆然と膝をつく男を見る。美しい顔は血と泥に汚れていた。寄り添うラクメイナム騎士爵も同様だ。


 ――『ベルキス』という人間を思う。彼は彼にとっての理想を貫いたのだろう。私は彼を理解できないし、理解しようとも思わない。ただ、知りえる情報から推測するのならば、彼は魔力至上主義者であり、ランスリーの魔力に魅入られた人間であり、そしておそらく人間不信なのだろう。


 こちらに寝返った、彼の側近は言っていた。かつて、前皇帝は譲位を決断し、ベルキス皇子・ザキュラム皇子であった彼らに問うたらしい。『どのような国を作りたいのか』と。ベルキス皇子は『美しい国を作りたい』と答えた。ザキュラム皇子は『自分が笑って暮らせる国にしたい』と答えた。


 前皇帝は判断したのだろう。『ベルキス皇子にとって美しい国』よりも、『ザキュラム皇子が笑って暮らせる国』の方が、帝国に安寧をもたらすと。


 つまり、二十年も昔から、そういう(・・・・)男だったのだろう、ベルキス将軍は。


(本当、考えれば考えるほど、プチッとしたいけど。シルゥ様との約束だもの、ちゃんと公に裁いてもらわないといけないわよね)


 だから、今、私は彼を殺さない。


「ねえ、エル。もう勝敗は決しているでしょう? 誰かあれをとらえてくれないかしら。私、ベルキス将軍が大嫌いだから、うっかり絞め殺してしまいそうだわ」


 エイヴァは力が有り余っていそうだが、彼に頼むような愚行はしない。私以上に手加減せずにうっかりではなく純粋な殺意で殺しそうである。エメとリクを模した魔道人形を利用してエイヴァをキレさせた張本人だしね、ベルキス将軍。


 だから私とエイヴァ以外がやるなら誰でもいい。私の魔力は回収したから、ベルキス将軍はもう大したことはできない。むしろ魔力切れ寸前でふらっふらである。ラクメイナム騎士爵も、この場で抵抗するほど阿呆ではないだろう。


「あー、うん。そうだね。元気そうな人は……」


 と、引きつり切った顔でエルがあたりを見渡す。遠巻きにこちらを見ていたメイソード王国軍の人たちの中で、最初にエルと目が合ったのは、くしくも騎士・アッケンバーグ兄弟だったようだ。わずかに私は懸念したが、杞憂に終わった。アッケンバーグ兄弟はぱっと騎士の礼を取ると、ベルキス将軍の方へと駆け出す。――駆けだそうと、した。


 ……ああ、本当に、おとなしく降伏すればよかったのに、あの男。












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