10/93 人にはなれない独りだったかつてに、
エイヴァの暴走は、何とか止めた。
……本当は、隠れて本日の開戦から見守って、ピンチになったらいつでも助けられるようにしておくつもりだった。ここまでぎりぎりに駆けつけるつもりは、私とてなかったのだ。
だが仕方がない。今朝になって突如、世界各地で問題が勃発したがために私はそちらに駆けつけねばならなかった。
具体的に言うと、南はエイディワム共和国の端っこで大規模な魔物の氾濫が起こって、西の聖リュゼラーガ国近くの小国で、国ごと飲み込むほど巨大な地盤沈下が前触れなく起こり、北の連合国が軒並み壊滅状態になるほどの嵐が海上で発生した。まあすべて世界が不安定になっている影響で起こった天変地異である。
もちろん、それぞれの近くにいたマンダやノーミー、ディーネといった『影』たちも奮闘したのだけれど、流石に荷が重かった。ゆえに私は、姿は隠しつつ八面六臂の活躍をして、何とか彼女たちが解決できる程度に抑え込んだのだ。例えば正規の軍隊が来るまで魔物を殲滅したり、沈下しかけた地盤を支えてちょっと大きめの地震だったね、程度に被害を抑えたり、嵐の威力を吸収して今日は大雨だなあ、程度にしたりと頑張った。頑張ったんだよ! そんなことをしていたら戦争でエイヴァがあんなことになってたんだよ! 糞が!
なお、あのタイミングで駆けつけられたのは、エルが私を呼んでくれたからだ。実は私の大事な人たちには軒並み魔術をかけている。それは『私に助けを求めた場合に、瞬時にその人の居場所と状況を特定できる』というものだ。私の周りは負けず嫌いと異様に戦闘能力が高い人間ばかりなので、私に助けを求めるのであれば相当の事態だとわかる。よって躊躇なく駆けつけることにしているのである。
ちなみに、友情を確かめ合っているエイヴァとエルとジルだけれども、ここは戦場なのでこのままハッピーエンドにはならない。とりあえずエイヴァにはこの場に集まったもう一人にして、精神的に一番恐怖体験をしたのだろうドレーク卿にも謝罪をさせた。
実は感動の和解が巻き起こっている最中、いち早く『陰歩法』で駆けつけ、闇の中に潜んでいるメリィとアリィがこぞって、戦場で起こったことについて教えてくれたのだ。それを踏まえて、エイヴァのごめんなさいを受けたあとに引きつった顔で大丈夫ですと返していたドレーク卿は、大変、大人だったと思う。
一応、私も補足をしておくことにする。エメとリクに関してははっきりさせないとエイヴァがまた暴走してはかなわないのだ。
よって、私たちは移動しつつ、まだまだ話す。エイヴァのブチ切れによる死傷者こそいなかったし、『秘魔の森』の魔物の氾濫も『魔』たるエイヴァの怒りによって静まっているものの、魔術師・騎士・兵士に関わらず軍隊の三分の二ほどが意識を飛ばしている――メイソード王国もヴァルキア帝国も同様――がために、もはや戦争を続行するにせよ、なんにせよお互いに体勢を整える必要があるため、その指示も出しつつ、砦へと向かっているのだ。
ともかく、エメとリクのことだ。
「あ、エメとリクは無事よ。保護したわ。『魔道人形』を身代わりにおいて、いろいろと不都合な事実は徐々にあちらの関係者の記憶から消えるように細工をしていたのよ」
つまり、ドレーク卿が切ったのは魔道人形である。本物の子供たちは、ヴァルキア帝国にて爆誕した私の信者たちが集う隠れ家にて、愉しくゴリラの人形作成をしている。エメによるゴリラ愛布教で寝返った者たちもだ。すごく異様な空間だったけど和気あいあいしてた。
「そうだったんですね。ですが、シャロンならばこの事態を見越して、対処をしていそうなものでしたが」
一斉に安堵し――特にエイヴァとドレーク卿の安堵は深かったし、二人して泣いていた――それから冷静にジルが聞いてきたので、私も冷静に返す。
「もちろん。あの魔道人形は時間が経つと自壊するようにしてあったから、とっくに消滅していないとおかしいのだけれど……あの『盾型収納魔道具』が、おそらくちょっと特殊なのね。まさかそんなことになるとは流石に想定外だったけれど、魔道人形を作成した私の魔力と『共鳴』して一時的に『時間停止』が発動していたのでしょう」
だから時間経過による魔道人形の自壊が起こらなかったのだろう、と思っていると怪訝な顔をするのは当然、ジルとエルだ。ドレーク卿は魔道具への造詣があまり深くないし、エイヴァはやろうと思えばどんな効果の魔道具も作れるから疑問に思わないのだろう。
「……『時間停止』? 収納魔道具は、時間は進むものだよね。こう言ってはなんだけど、魔道研究所がなしえていない研究結果をヴァルキア帝国が出しているとは思えないよ。『共鳴』するなんて、よほど強力な力同士、それに両者に何らかの繋がりがないと……」
と、言いながら何かに気づいたようにエルが青ざめた。まさか、とその唇が形作る。私は口端を釣り上げた。
「……ええ、そうね。私の魔力が強いのは当然だけれど、……覚えていますわね、私の両親のお墓が暴かれ、遺骨が簒奪されたことを。……私、これまでいろいろと対処しながら、遺骨の行方も探していたのだけれど……やはりあの外道は魔道具の依り代として利用していたのですわ」
それが、私の『探し物』だ。……利用された魔道具はほぼ見つけた。ただ、懸念事項もある。その魔道具の数と利用された遺骨の量の計算がどう考えても合わない事だ。見落とした魔道具があるのか、それとも……。
眉間にしわを寄せて考え込んでいると、同じように顔色を変えて険しい表情をしたエルやジル達が、ベルキス将軍がいる方をにらんでいた。私はそんな家族と友人たちに、少しだけ微笑む。
その時、エイヴァだけは未だ、どこか呆けたような顔をしているのに気づいた。いや、何かを考えているのだろうか。
「エイヴァ?」
エメとリクの無事には素直に喜んでいたが、どうにも不可解な様子に私は彼に声をかける。すると、茫洋とした瞳で彼は私を見た。
「なんか、我、おかしい。……さっきの『滅び』は……魔術ではなかった。あれは、我より上位の力だった、と思う」
なるほど、と思った。エイヴァは『魔』だ。人ならざるモノ。『人間』より上位の権能を持つ存在。けれど『あれ』はその『魔』たるものをして届かない領域の力だったと、エイヴァは自覚したのだ。私はエイヴァだけに聞こえるように囁く。
「『世崩厄災』……あなたが放ったそれは、確かに『上位者の権限』に属する力ね。あらゆる物事の『存在の剥奪』……まあ、私が『剥奪の棄却』をしたのだけれど」
エイヴァは瞬く。そして混乱をきたしたように視線をさまよわせた。
「あ、われは。……?」
「あら。そろそろ『思い出せる』筈よ。『枷』は外れたのだから」
不安そうな彼に、私は微笑んだ。まあ、混乱は仕方がないだろう。エイヴァは、これまで長く長く忘れられてきたものを取り戻そうとしているのだから。そうであることを、私は知っている。……知っているということを言葉にできないのは、自称神のことと同じだけれど。
――エイヴァにも、『記憶』がある。私と同じで、封印されていたものが。でも開封の条件は満たされた。彼はもう、思い出すはずだ。だから口は出さない。出す必要はない。むしろ自分でゆっくりとかみしめるべきだろう。
それより今は、相手にしなければならない者がいるしね?