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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/92 間違いだらけの、そこに永遠などなかったとしても(エルシオ視点)


 助けて、シャロン。……と、請うた。


 それは無意識だったんだ。無意識の小さく切実な希求。絶対的な強者。シャロン。そして視界が白く染まった。


 ――刹那。


 『白』は『黒』に塗り替わる。



「もちろん。助けに来たわよ、エル、ジル」



 ああ、救われたのだと、知った。



「――さあ、鎮まりなさい。『永世楽斎(えいせいらくさい)』」



 確かに聞こえたその声とともに、目がくらむような白い『破滅』は――形はなく音もない明滅する『終焉』は、何よりも求めた人の手によって一瞬にして消し去られた。人知を超えた力すら圧倒する、さらなる絶対者の力が、白を黒へと侵食するように塗り替え、飲み込み、収縮し、凝縮され。


 ……そして『破滅』は彼女の手のひらの上で握りつぶされる。


 バギン、と甲高い音だけを残して消え去った『それ』。


 残されたのは広がる戦場に呆然と座り込む数多の人間。彼らが一様に見上げる姿は空中に悠々としてあり、冗談みたいに簡単に、嘘みたいに当然と、彼女はそこにいた。


「しゃ、ろん……?」


 上空、曇天の中、黒髪をなびかせて立つ少女。彼女は笑った。


「久しぶりね、エル、ジル」


 シャーロット・ランスリー公爵令嬢がそこにいた。


 周りと一緒に呆然としていれば、森の方ではどしゃりと落下音がする。え、と思えばどうやらエイヴァ君が墜落したみたいだった。遠目だけど、なんか黒く巨大な帯状の物が何十枚も体に突き刺さっていて、動けないらしい。そういえばエイヴァ君の『攻撃』が相殺された瞬間、凝縮されていく『破滅』とは別に、黒い光が奔った気がする。……あっ、あれがシャロンの言っていた『保険』かな。多分そうだよね、エイヴァ君捕獲されてるし。ウゴウゴしてるし。


 事態をありのままに受け止めることが難しいっていうことは、久しぶりかもしれない。僕最近、異常なことに慣れてきたと思っていたけど、気のせいだったみたいだ。


 現実逃避に近い思考の中、シャロンはふわふわと僕の方へ降り立ってくる。急ぐでもないけど迷いもない。そのことに気づいた、僕の周りの魔術師たち(意識がある人たち)が一斉に意識を失った人たちまでもひっつかんで後ずさった。僕の周りに奇妙に開いた空間ができた。ええ……ひどい……。


 ちなみにシャロンはと言えば、悠々と僕の方に来ながら、指をパチンと弾いたかと思えば、墜落した挙句拘束されてウゴウゴしていたエイヴァ君を、荷物のごとく背後に引き寄せて一緒にこっちに来るようだ。周りの魔術師たちがさらに僕から距離を開けた。ひどい。


 もはやここは戦場ではなくシャロンの独壇場になってしまったなあ、と思いながら観念してその場で待っていると、個人間転移魔道具が作動した感覚があって、ひゅん、と僕の隣にジルファイス殿下とドレーク卿が現れた。……おそらく殿下にたたき起こされたのだろうドレーク卿は今にも再び意識を失いそうだったけれど。慌てて治癒した。ジルファイス殿下は微笑んでいた。うん、僕、殿下の適応能力にはついて行けないです。


 そしてふわりと降り立ったシャロンと、べしゃっと落とされたエイヴァ君の到着で、この戦場で集合できるいつもの人たちがそろったのだった。


 けれど僕らが口を開くより前に足元で弱弱しい声がした。


「しゃーろ、っと、われは、」


 べシャリとつぶれたまま、顔を涙でぐしゃぐしゃにして、エイヴァ君がシャロンを呼んだ。


「滅んだ、のではないのか、何もかも、消えて、えるしおが、じるふぁいすが。われが、我の所為でっ」

「……」

「我は死ねぬとシャーロットが言った……」


 僕らは困惑する。おそらくエイヴァ君の言うことは、シャロンがこの場に間に合わなければ現実になっただろうと思う内容が含まれている。よくわからない内容もあるけれど。僕らは、静かにエイヴァ君を見下ろすシャロンに視線を向けた。


「あら、エイヴァ。『未来』を視たのね。正確に言えば、それは『起こりうる可能性のある未来の一つ』よ。今ここが現実で、私は間に合い、エルもジルも生きているわ」


 シャロンはゆっくりとひざをつき、とん、とエイヴァ君の額を人差し指でつつく。うっすらとしたほほえみは感情が読み取れないものだった。


「いき、てる、……。だけど、われは、全部滅べと思ってしまった。駄目なのに。駄目だと思っていたのに」


 震える声は聞いたことがないほどに弱弱しく震えてかすれ、血がにじむような後悔が彩っている。いまだ全身を縛る拘束すらどうでもいいもののように、這いつくばり、さらに縮こまり、シャロンしか見ない。


 エイヴァ君は、後悔をしていた。僕と、殿下を失うところだった事実に、それを彼自身の手で成してしまいそうだった現実に、――恐怖すらしているように見える。僕と殿下を見るという些細な行動にさえ、エイヴァ君は怯えていた。


「そうね。私がいてよかったわね。でもそろそろ現実のエルたちを見なさい。『あなたの視た未来』は現実にならなかったのだから、二人は生きてここにいるわ。あなた、私の慰めが欲しいんじゃないでしょう?」


 ビクリ、とエイヴァ君が肩を震わせる。いやいやをするように首を振った。太古より生きる古き『魔』。おぞましい『破滅』をいともたやすく降らせる人ならざるモノ。――なのに、彼はひどく純粋で、どこか幼いままだ。


「……」


 僕とジルファイス殿下は顔を見合わせる。そしてどちらからともなく声をかけようとした。――けど、シャロンのきれいな微笑みに黙らされた。『これは教育なのだから、黙ってお待ちなさい』とシャロンの瞳は言っていた。そして彼女は呼ばう。たった一言。


「エイヴァ」


 ビックゥッ! とエイヴァ君の肩がはねた。むしろ周囲に集まっている僕らの肩もはねた。声が届くには距離があったというのに、なぜか遠巻きに僕らを見ているメイソード王国軍の人たちまで慄いていた。


「エルと、ジル。そしてこの場の皆様に、言うことがあるでしょう」


 恐ろしく冷ややかな声だった。でも俯き震えるエイヴァ君は、細い声で吐露をする。


「でも、我、……怖がられて、嫌われて……っ」

「もしもそうであるのなら甘んじて受け止めなさい。あなたがやらかした結果なのだから、自分の言動に責任を持ちなさい。たとえ畏れられ、嫌われ、疎まれたとして、それでも赦してほしいのならば、言動で示しなさい。エイヴァ!」


 鋭い声に、エイヴァ君はまた肩を揺らし――恐る恐るというように、透色の瞳を不安に揺らして、美しいかんばせを涙と後悔にゆがめて、僕とジルファイス殿下を見た。


「……」


 僕らはただ、彼を見返す。その時僕は、どんな表情をしていただろうか。恐怖、後悔、懺悔、憤怒、悲哀。――混ざって、混じりあって、ぐちゃぐちゃだけれど、不思議と凪いだ心持だった。


「えるしお。……じるふぁいす。……ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい」


 嫌わないで。独りにしないで。見捨てないで。一緒に、いて。


 まるで小さな子供の願い事。だけど。僕とジルファイス殿下は顔を見合わせて、フッと息を吐いた。それにすらびくっとエイヴァ君は怯えたけども。


「……嫌いませんよ、エイヴァ。まあ後でちょっとお仕置きしますけども。私も、あなたの傍を離れたり、情報を共有しなかったという判断ミスがありましたからね」

「今、生きてるし、恨んだり怖いって思うことはないよ。今更だからね。僕も殿下も、君が思っているよりも、君のことを判っているんだよ。……だって、――友達だからね」


 手を差し出す。ゆるりと黒い拘束が解けたのはシャロンの配慮なのだろう。僕と殿下が差し出した手を、一瞬ためらったエイヴァ君は、それでもしっかり、握り返してくれた。


 ……まあ、この戦争が終わったらエイヴァ君の存在をどういう風にごまかそうかな、とか、僕ら以外のこの場の人間に与えた恐怖と衝撃たるや、僕らの比ではなかっただろうから、今はシャロンの御業によって麻痺していても後々大混乱が起こるだろうな、とかいろいろあるけど。


 ――それでも、それらも含めて何とかするために頑張ろうと思えるくらいには、エイヴァ君は大事な友達なんだ。


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