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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/91 終焉のない奈落(エイヴァ視点)


 死ぬほど悔いた。――だけど。


 ……我はその時、視界が焼けるほどの怒りに支配されていた。少し前に奪われ、探していた子供たち。止められたから、任せろというから、我はおとなしく待っていた。でも。だけど。この戦場で、魔物の氾濫(スタンピード)で遊ぼうと思っていたら、背後の結界で何かぶつかる音がした。我は振り返って、まっすぐ、見た。見えた。鮮明に何もかも。エメと、リクの、驚愕の貌も、全て。


 ――あ゛?


 全てが止まったような刹那に、愚かなニンゲンが、我の大事な子供たちを切り捨てていた。男。ニンゲン。……ニンゲン。


 目の前が真っ赤に染まった気がした。


 ああ、消そう。簡単だ。愚かで脆弱な下らぬイキモノ。ニンゲン。


 我は我のモノに手を出すものを許さぬ。許せぬ。許す道理などない。たかが(・・・)ニンゲンごときが許されぬ!


 だから死ね。


 渦巻く怒りはすべてを破壊する波動となる。もろいイキモノが逃げまどっている。だからどうした。弱く、もろい、ゴミどもが。我のモノに手を出した。我は我慢していたのに、我慢していたから、我は失った。大事なものを壊された。……ならばもう我慢しない。ゆえに壊したものは罰を受けねばならない。そうだろう?


 ――なァ、ニンゲン。


 我は笑っていた。哂って、いた。唱える。渦巻く怒りを放つ。ほら、消えろ。消えろよ。


「滅べ。――『世崩災厄(せいほうやくさい)』」


 放った。『滅び』を凝縮したモノを、放った。『それ』は白く明滅している。形はない。音もない。ただ触れればすべからく無となる終焉の明光。


 光。


 それに照らされた顔を見た。ひどく悲しい顔をしていた。ひどい後悔を浮かべていた。


 彼らの顔を知っていた。……あれ? あれは、あれは。


 ――エルシオ。ジルファイス。


「……、あ、」


 思い出した。エメとリクが攫われた時。激昂し、探しに行かせろと叫んだ我にエルシオは言った。


『囚われたあの子たちを見て、冷静でいられるの? できないよね? そして犯人を攻撃するんでしょう? 制御のできない力で、怒りのままに。……それでエメたちが君の攻撃の巻き添えを喰らわない保証なんてどこにあるの? 本末転倒でしょ。もし、そうなったら、君は正気でいられるの?』


 えるしお。じるふぁいす。


 普通のニンゲンより強い二人。だけど。でも。彼らは、『人』だった。弱くてもろい。我には、勝てない。『人』だった。


 『巻き添え』。何もかも滅ぼすつもりだった我は、怒りのままの我は。……エルシオとジルファイスがそこにいたのに。あの二人が。あの、二人も。


 我は。――我は自分で、二人を殺すのか?


 えるしお。じるふぁいす。


『もう、エイヴァ君』

『エイヴァ、』


 困ったように、呆れたように。でも――優しく、我を、呼んだ。我を、見ていた。傍にいて、くれた。


 まってくれ。


 ――愚かなのは誰だ?


 我は、もはや止められない破滅を放ってしまったのに。否、止めようとした。止めようとしたのだ。だってエルシオが。ジルファイスが。駄目だ。駄目なのだ。えるしお。じるふぁいす。なあ。駄目だ。駄目だ、ダメだ。


 ……だめなのに、


 白く、滅ぶ。何もかも。消える。人も、土も、森も、水も、生あるものもなきものも。


 我は我を止められなかった。だって我は我の力の止め方を知らなかった。だってすべて壊すことしか知らなかった。我の力のすべてを注いだ破滅。怒りそのもの。いらぬものを消す作業だったのだ。いらなかったから。我のモノを壊したから。許さない。許せない。許せないけど。でも。だけど。だって。


 いらないものは消してきた、これまでずっと。いらないから。邪魔だから。許されざれる者には死を。だから今もそうした。それだけ。それだけで。それだけだったのに。


 なんで、?


 白く、破滅が、降り注ぐ。我はそれを止めるすべを知らない。


 知らないのだ。


 白く、何もかも、染まって、消えて、ああ、


「あ。あああ、ああああああっうあああああああああああああああああっああああああああ」


 叫ぶさなか、我を何かが拘束する。動けない。墜ちてゆく。空中から落下する。でもどうでもよかった。見晴るかす限りの荒野が広がっていた。スプーンで抉り取ったような荒野が。見渡す限りの灰色。人はいない。砦はない。草木もない。何もない。何も、ない。ない……。


 落ちる。墜ちる。堕ちる。――ぐしゃり。


「あああああああああああああ、うああああああああああ、ああ、あああ、あああああ」


 身体の痛みは感じない。我はもろくないから、体は痛くない。ただ我を拘束する黒い何かによって動けないだけだ。力も入らない。だから這いつくばる。砂利がほほを削る。


 でもそんなことはどうでもいい。


 だって。だって。さっきまですぐそこにいた。エルシオが。ジルファイスが。なあ。なあ。我は。我は。エメとリクを失って。なんで、なんで。エルシオとジルファイスもいないんだ? なあ、搔きむしるほどに、反吐を吐くほどに、心臓が痛いのはなぜだ。なぜなんだ? 我は。我が。……ああ、ああああ、


 熱い何かがほほを伝う。痛い。でも痛いのは身体じゃない。苦しい。でも苦しいのは呼吸じゃない。これはなんだ? わからない。なあ。判らない。えるしお。教えてくれ。じるふぁいす。なあ。なあ……。


 なあ。


 風が吹く。荒野に風が吹く。ぬるく、柔い、風が。


 ――トン、と。音がした。見渡す限りの荒野に、生命の居なかった場所に、我以外の誰かが、降り立った音。


 うつくしくおそろしいしょうじょ。


「しゃーろっと」


 ああ。


「なあ、もうころしてくれ、しゃーろっと」


 我は間違えたのだ。してはならないことをしてしまったのだ。愚か者を消したけど、我も愚か者だったのだ。だから。


 ――でも、シャーロットは嗤った。


 黒髪をなびかせた、アメジストの瞳の美しい人。中空で冷めきったほほえみを浮かべて彼女は言った。


「無理よ、あなたは死ねないわ。エイヴァ(・・・・)。――永久(とこしえ)を冠する者」


 恐ろしく、美しく、おぞましい、笑みだった。
















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