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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/90 硝子細工の宝箱(エルシオ視点)


 エブロスト砦内、そしてエイヴァ君が張った柱状の結界内。『敵』以外は出入り自由になっているというエイヴァ君の規格外の結界は、彼が喜々として『秘魔の森』へ向かった後も、変わらず保たれていた。


 僕は砦内でもしたように、結界内でも重傷者を集め、光魔術による治癒を施していた。さっきの『魔人』たちによる被害は甚大だ。生き残っていても四肢の一部を欠損した人が多く、僕や生き残った魔術師たち自身の治癒魔術によって多少は手当てを施されているけれど、それも限界がある。うめき声、唸り声、嘆き。砦内もそうだったけれど、戦場がよく見渡せる分、結界内はより恐怖に満ちた声で溢れていた。


「ランスリー公爵様……」


 すがるような声に、僕はうなずきを返した。――魔力はまだ残っている。ずいぶん消耗させられたけれども、彼らを救う余力はある。


「四肢欠損などの重傷者は僕が治療します。そのほかの人には、これを」


 僕が渡したのはシャロンによって生み出され、意味不明な効果を誇る魔法薬だ。収納魔道具にありったけ詰めてきたので、そのまま渡す。ちなみに、渡したのは、まるで最初から魔術師部隊の一員でしたと言わんばかりに溶け込んではいるものの、その実『影』の一員である青年だ。『魔人』出現に当たって、こちらの援護――主に結界への避難の補助――のために、数人が映像魔道具による監視業務から離れてこちらに戻ってきてくれていたのだ。


 つまり、詳しい説明をしなくても、渡したものが一体なんであるかをわかってくれているため、僕は治癒に専念できたのだ。


「光よ。……『再生治癒』!」


 ――この場に、殿下ではなく僕が来たことには意味がある。僕と殿下は、魔術の『練度』は大きく変わらないけれど、『治癒・浄化』に限れば僕の技量が上だと、自負しているからだ。


 いつどんなことがあっても、生きてさえいれば救えるように、僕は光魔術を極めてきた。――そう、負傷から時間がたちすぎていなければ、四肢欠損も癒せるくらいには。


「ありがとうございます、ありがとうございます、ああ、あああ、」


 無事光魔術による治癒が完了し、魔法薬も配り終えたころ、この時だけは、結界内に明るい空気が満ちていた。僕も少しだけほっと、息を吐く。


 ――でも、そんなものは一瞬だった。


『ラクメイナム騎士爵を止めなさい! ――切ってはいけません! ドレーク卿!』


 悲鳴のような声が、無線機から流れた。通信相手を選ぶ余裕がなかったのだろうそれは、無線機を持つすべての人間に聞こえただろう。


 だけどそんなことを気にしている暇はすでになかった。


 パリン、と、儚い音を立てて柱状の結界、そして『秘魔の森』側にエイヴァ君が張っていた結界もが、瓦解した。そして次の瞬間、息が詰まるほどの重力に周囲は次々とひざを屈し、渦巻く怒りにのどをひきつらせた。


「――死ね、ニンゲン」


 叫びではなく念話でもなく、しかし頭に叩き込まれるように響いた声とともに、おぞましい何かが、天から降り注いだ。僕は反射で魔術を唱える。


「風と光よ!」


 二十、三十……百、二百、結界を重ねる。何が起こったのか、なんて考える暇はない。でもおそらくは最悪の事態で、エメとリクに何かが起こったところをエイヴァ君が目撃したのだろう。いや、目撃させられたんだ、ベルキス将軍たちに。


(なんでそんなことができるんだ……!)


 エイヴァ君を侮るなんて、本当に正気じゃない。この戦争中何度も思ったことだけれど。


 そんな思いを抱えていた時、呆然自失していた周囲の魔術師たちもようやく動き出し、結界を幾重にも張り巡らせていた。戦場では、騎士や兵士たちが撤退し集結している。範囲が狭ければそれだけ集中した強固な結界を張れるからだ。


 そして砦の方では、ジルファイス殿下たちも同じように魔術を発動させている。戦場を覆う結界を。僕はそれらのすべてを繋ぐ。一筋の穴もないように。共鳴し、結合し、強化されるそれらは破壊されながらも攻撃を弾き、防いだ。だけど、それでも。


「ニンゲン。――許さんぞ」


 恐ろしい声が響く。叫びではなく念話でもない、まるで世界そのものが言葉を発しているかのような。


「っ、エイヴァ君、」


 ゆがむ空。鳴動する大地。一人、また一人と周囲の魔術師たちが力なく倒れてゆく。魔力切れか、または余りの恐怖に意識を飛ばしたのか。


 判っている。判っていた。友達だけど、一緒に過ごしているけれど、エイヴァ君は人ではない、最古の『魔』だ。


 近づけない。言葉が届かない。彼を止められない。なぜ彼を一人にしてしまったんだろう。ベルキス将軍が何かを企んでいることはわかっていたのに!


 エイヴァ君の中で、魔力と呼ぶにはあまりにも人知を超えた力が渦巻いていることが分かる。あれは魔術か。魔術と呼んでいいのか。あれは、『破壊』そのものではないのか。


「……やめて、エイヴァ君……!」


 届かないと知っていて、叫ばずにはいられない。あれを、エイヴァ君が放ってしまえば、何もかもが『無』になる。僕らだけじゃない、メイソード王国も、ヴァルキア帝国も、護ろうとしていたものすべてが。


 エイヴァ君が喪いたくないものも、壊してしまうのに、そんなこともわからないほど理性を失ってしまっているんだ。


 中空に浮かぶ人ならざるものは、その白い髪を長くなびかせ、立っていた。ここからは見えない透色の瞳は何を映しているのだろう。整いすぎたその面に浮かぶ表情は一体どんなものであるのだろう。判らない。判らないけれど。


 人ならざる声が轟く。



「滅べ。――『世崩災厄(せいほうやくさい)』」



 全ての結界が、塵に変わった。



「……助けて、シャロン」
















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