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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/89 最古の『魔』エイヴァ(ジルファイス視点)


 気づいた時、血の気が引いた。


 ――もし、ベルキス将軍がエメとリクを利用するのならば、メイソード王国の者に手を下させるのではないか。『安全地帯』と信じる場所を作り出したうえで、メイソード王国だけが滅ぼされるように。ならばあの盾の役割は収納魔道具でしかありえない。引いていったヴァルキア帝国軍の配置の意味。そしてラクメイナム騎士爵の向かったのは森側。つまりそれはドレーク卿を、エイヴァに見せるための。


 気づくのが遅かった。致命的なまでに!


 戦場を見る。ドレーク卿が黒炎を纏った剣をふるっている。私は叫んだ。


『ラクメイナム騎士爵を止めなさい! ――切ってはいけません! ドレーク卿!』


 けれどすべては手遅れ。


 森の中から監視を行っていた『影』たちは間に合わない。私が放った結界魔術も間に合わない。


 かくて、ラクメイナム騎士爵の土魔術がエイヴァの背後を襲撃し、彼は振り返る。そして戦場で一番目立つ場所へと視線を惹かれた。惹かれてしまった。



 エイヴァが、エメとリクが切られたところを、見てしまった。



 子供たちが本物だったのかどうかは、遠目の上燃やし尽くされた今となっては判断できない。それでも私はシャロンを信じているが、シャロンの動きをエイヴァは知らないのだ。


 何もかも裏目にでた。エイヴァにシャロンの手紙について告げなかったことも、魔物の氾濫(スタンピード)の対処を任せたことも、ドレーク卿にベルキス将軍の相手を任せたことさえも。


「!」


 結界が瓦解する。空気が重力を数倍にする。息が詰まるほどの怒りが渦巻いている。すべてが一瞬だった。


「――死ね、ニンゲン」


 叫びではなく念話でもなく、しかし頭に叩き込まれるように響いた声とともに、おぞましい何かが、天から降り注いだ。


 真っ先に『それ』が墜ちたのはドレーク卿のところで、彼の剣を止めるために私がはなっていた結界魔術は、剣こそ止めるのに間に合わなかったが、ドレーク卿を守ることには成功した。それでも結界を破壊した『それ』は、とっさに卿自身が構えたのだろう剣の防御力によってギリギリ命を繋いだほどの威力。


 その場に崩れ落ちたドレーク卿は、膝をつき、生きてこそいるようだが、もはや立ち上がれないだろう。ベルキス将軍は、ドレーク卿の斬撃と同時に展開されていた、国境をきれいに割る結界の中だった。ゆえにドレーク卿の攻撃はベルキス将軍には届かなかったのだろう。


 しかし私たちにそれらを気にする余裕はない。降り注ぐ脅威は終わっていないのだから。魔術とは言えない、攻撃としかわからない、『それら』。光のようであり、風のようであり、炎のようであり、魔力そのものであるようでもあるが――そのどれでもないのだろう。


「っ、光よ!」


 二十、三十……百、二百、結界を重ねる。戦場を覆う結界を。狂いなく、乱れなく、できうる限り強固に。エルシオが同じように、結界を多重に展開している。共鳴し、結合し、強化されるそれらは破壊されながらも攻撃を弾き、防いだ。けれど、それでも。



「ニンゲン。――許さんぞ」



 恐ろしい声が響く。叫びではなく念話でもない、まるで世界そのものが言葉を発しているかのような。


 ゆがんでいる。大気が。空が。大地すら鳴動し、砦がその防衛機構を発揮したというのに軋みを上げて足元が揺れる。太古から存在し続けた建造物が崩落してゆく。迫り来ていた魔物の氾濫(スタンピード)は、エイヴァの怒りに触れて泡を吹いて次々と気絶している。森の木々が圧だけでへし折れ、ねじ切れ、枯れてゆく。


 人ではない、人ではありえない、力。最古の『魔』。


 彼から離れなければどうにかできたのか、なんてわからない。ただ、今更近づくことも出来なかった。浮遊魔術を使う余裕はない。エイヴァも個人間転移魔道具を持っているから彼の隣に転移しようと試みたが、できなかった。おそらくは、エルシオもだ。拒まれ、弾かれた。それは私たちが『ニンゲン』だからだろうか。


 エイヴァの中で、魔力と呼ぶにはあまりにも人知を超えた力が渦巻いていることが分かる。背筋が凍るのを通り越して、体の機能の全てが狂いそうなほどの恐怖。倒れるな。意識を飛ばすな。無意味でもだ!


「……っ、っ、」


 中空に浮かぶ人ならざるものは、その白い髪を長くなびかせ、立っていた。ここからは見えない透色の瞳は何を映しているのだろう。整いすぎたその面に浮かぶ表情は一体どんなものであるのだろう。判らない。判らないけれど。


「……っ、エイヴァ……!」


 ベルキス将軍は見誤っている。エイヴァの力を侮っている。シャロンの魔力を利用して作った多重結界に守られた気になっている――愚かにも。


 最初の大規模殲滅魔術による隕石よりは研ぎ澄まされた練度は、なるほど、かつてアドルフ・ランスリー公爵が放った魔術程度であれば防いだだろう。今も、おそらくはエイヴァの無意識で(・・・・)放たれている攻撃ならば防いでいる。曲がりなりにもシャロンの魔力を使っているだけはある。だが、それまでだ。それまででしかない。


 ――わかっているのだろうか。ヴァルキア帝国は滅ぶ。メイソード王国も。周辺諸国すら巻き込んで。シャロンの『保険』が機能すれば、多少は抑えられるかもしれないが、それでも王国と帝国は地図から消えるだろう。


 砕ける音がする。結界が、降り注ぎ続ける攻撃と、エイヴァが放つ殺意で破砕される。私とエルシオ以外の魔術師たちも結界を何重にも巡らせているが、一人、また一人と倒れてゆく。騎士も。兵士も。エイヴァから降り注がれる殺意だけで意識を保てなくなってゆくのだ。


 許さない、と彼は言った。『ニンゲン』を、許さないと。――きっと彼は後悔するのに。


 人ならざる声が轟いた。



「滅べ。――『世崩災厄(せいほうやくさい)』」



 全ての結界が、塵に変わった。


「……すみません、シャロン」


 目の前が、真っ白に染まる。














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