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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/86 雁字搦めの芸術品(ベルキス視点)


 全く予想通りの展開を見せている戦況に、吾輩は満足であった。


 ……始まりの合図であった大規模殲滅魔術による隕石。それを防ぐ程度はやってのけると予測していた。ここまでの戦争ではその力を温存していたようだが、メイソード王国の第二王子およびランスリー公爵は、王国屈指の魔術師である。シャーロット・ランスリーを除けば世界でも頂点と言っていい実力者だろう。


(まあ、吾輩の予測よりも多少はやるようであるな。人外を動かすかと思っておったが、その様子はなかった)


 だが、想定の範囲内である。次の一手にはどう出るか……さて、見ものだと思いながら、下僕の魔術陣を刻んだ『魔人』を動かした。結果は上々。人外も動かざるを得なかったようであるな。


 吾輩の位置からは砦の全体を見渡せた。人外が作ったようだと報告のある光の柱状結界、そして風魔術での避難から防御、『魔人』どもの殲滅。


(なるほど、なるほど。甘いだけではないようだ)


 これまでの戦いでは、極端に死傷者が少なかった。魔道具を使用したからめ手など、できる限り血を流さず、人を食ったような奇策を用いてこちらを翻弄していた。あちらの仲間にシルヴィナ皇女がいることもあるであろう。また、若さはそのまま経験不足であり、ぬるい同情を抱きやすい。ここに至ってもそれを貫くのならば愚かとしか言いようがないと思っておったが、さすがにそこまでではなかったようだ。


(さすがは、『優秀な』第二王子、であるな)


 皮肉にも、継承権第二位という共通点がある青年を思う。あれだけの力をもっているにもかかわらず、王太子であるラルファイス・メイソードとの関係は良好と聞いているが、ごまかしなどない事実なのだろう。メイソード王国の王族が一枚岩でなければ、とっくに瓦解していたはずなのである。


(ふん……気色の悪いことだ)


 腹のうちなど見えもしないのに、寝首を欠かれないと何故思えるのだろう。


 ――吾輩は、先帝の第三側妃の子として生まれた。母は併呑された小国の姫であった。侵略を受けた今は既になき母国の贄であるかのように差し出され、側妃となった母は口癖のように言った。


『ベルキス。皇帝になるのじゃ。この国の頂点の景色を、わらわに見せておくれ』


 優しく、か細く、可憐で、ひどくうつろな声だった。刷り込みのように何度も何度も、それこそ言葉を覚えるより前から、子守歌と同義であるほどに、母は繰り返していた。彼女が死ぬまで、ずっと。ずっと。


 ゆえに吾輩は、物心ついた時には己は皇帝にならねばならないのだと思っていたし、なれるのだと思い込んでいたのである。


 けれど、現実を知るのは早かった。腐るほどいる異母兄弟たちが骨肉の争いを繰り広げる城では知らざるを得なかった。それでも、吾輩の頭の出来はそれなり以上であり、肉体も頑強で、武芸に優れた。吾輩は決して『掃いて捨てられる』側の、力すらない皇子ではなかったのだ。


 けれど、吾輩の前にはいつも、ザキュラムがいた。数か月しか生まれが違わないせいもあったのだろう。比べられることが最も多い異母兄弟が彼だった。


 頑健な肉体、優れた武芸、明晰ではないが直観力に優れた頭脳。そこまでは並んでいたろう。むしろ頭脳面では吾輩に分があったと今も思っている。


 それでも、ただ一点――『魔力』において、大幅にザキュラムは吾輩を上回っていた。皇族として生まれたからには、吾輩とて魔力が少ないわけではない。だがそれは、ヴァルキア帝国の一般的な貴族にもいるだろう域を出なかった。メイソード王国の王族やランスリー家とは比べるべくもないほどの魔力であり、メイソード王国の貴族と比べれば少ないといわれる程度だったのだ。だが、それはほかの異母兄弟たちもそこまで変わらない。異常なのはメイソード王国の者たちなのだから。


 しかしザキュラムは違った。彼の魔力量は抜きんでていた。メイソード王国の王族とはいかないが、そこに迫るほどのものを持って生まれた。


 ヴァルキア帝国は武力を重要視するのだ。実力主義なのである。それは皇族であっても。では、優劣がつけがたいその他の才能(・・・・・・)の中に、明確な差(・・・・)がある才能があればどうなるのか。


 答えは簡単であろう。常に比べられてきた吾輩とザキュラムは、常にザキュラムの方が評価をされてきた。


 ――なのに、彼はひどく困ったように言っていたのを覚えている。『皇帝なんて、向いていないのだ』と。


 ならば皇位継承権など放棄してしまえばよかったであろうに。それをしなかったのは、させなかったのは、彼の周囲が彼を認めていたからだったのであろうか。それとも、次々と倒れてゆく異母兄弟たちに、帝国の先行きを憂えていたとでもいうのか。


 吾輩はザキュラムの本心など知りえない。一見感情的で判りやすいように見えるが、その実他人にはわけのわからない感覚で突っ走って最上の結果を得る。実にふざけておる。だからこそ吾輩とは相いれぬのだ。思考も、嗜好も、一挙手一投足でさえ重なったことはないように思う。


 ――二十年前の戦争終結前。わが父である先帝が吾輩とザキュラムを私室に呼んだことがある。すでにその時、皇位継承権を持つ男子は吾輩たちしか生存していなかった。呼ばれたときにはついに皇太子が選ばれるのかと思った。皇位継承権は上であればあるほどに次期皇帝となる『確率』が高いし、不慮の事故で皇帝が崩御すれば自動的に『イム』……継承権第一位が次期皇帝となる。だが、皇帝が生きているのならば『立太子』される皇子の最終選択権は、当然皇帝自身にあるのである。


 あの時、呼ばれた私室に入り、そろって頭を垂れた吾輩とザキュラムに、先帝は問うた。


『皇帝となれば、どのような国を作りたいか』と。


 吾輩はすぐに答えた。


『美しい国を作りたいと存じます』と。


 そしてやや考え込んだザキュラムは笑っていった。


『俺……おっと。私が、笑って暮らせる国にしたいですね!』と。


 吾輩は呆れかえった。この期に及んで身勝手な発言は……しかし、自ら『向いていない』という皇帝位を暗に吾輩に譲ったのかとも考えたのだ、……この時は。


 しかして終戦を迎えて、帝位を得たのはザキュラムであった。


 なぜ?


 理解できなかった。しかし先帝は迷いなく決断し言い渡した。あの時の問いですでに決まっていたようでもあった。


 なぜ?


 吾輩の何が不足だったというのか。己の欲を満たすだけの回答を出したザキュラムと、帝国の未来を考えた吾輩の回答の、いったい何が先帝に決断をさせたのか。


 不足。……不足。吾輩がザキュラムに劣るもの。昔から比べられてきた。常に彼が評価されてきた。たった一つだけ、魔力量があれより劣るというだけで!


 同時に吾輩は思い出していた。戦場で見た、勝敗を決定づける圧倒的な力。アドルフ・ランスリー公爵の大規模殲滅魔術。神にすら比するのではないかと思うほどにすさまじく、おぞましく、そして――美しかった。


 あの力が、吾輩に、あれば。


 欲しい。力が欲しい。……魔力が、欲しい。


 吾輩の『計画』は、その時から始まったのである。


 ようやくここまで来た。計画変更を余儀なくされた事態は幾度かあったものの、構わない。あの魔力に愛された祝福の地・メイソード王国をこの手に収めよう。否、王国は滅ぼすくらいでちょうどいい、あの土地さえ手に入るのならば。この戦争も、メイソード王国が滅べば、ヴァルキア帝国にて中立と沈黙を保つ者共も吾輩の側につくことはわかり切っている。


 シャーロット・ランスリーを欠き、ランスリー公爵と第二王子には大量の魔力を消費させた。その実力が異常だと名高いランスリー公爵家配下の戦力が分散していることはわかっている。騎士や兵士、王城魔術師たちも、疲労は隠せないだろう。


 さあ、ここで、魔物の氾濫(スタンピード)を、どう防ぐ?


 人外を切り崩す『切り札』も、すでに吾輩の手の内である。









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