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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/85 祝福と呪い。あるいは、(ジルファイス視点)


 防御が間に合ったのは、幸運だったとしか言えない。幾重にも重なりあったあらゆる魔術属性の盾、それらを破壊しながら迫りくる、収束されて威力が何倍にもなった攻撃には正直な話、肝を冷やした。


(……けれど、)


 防ぎ切った。戦場を見渡す。決して無傷ではない。死者もいる。怒号と悲鳴が響いている。それでも。


(……あの状況で、この程度の被害とは……『運』を味方につけていますね)


 はるか東、王城で祈ってくれているのだろう二人を思い出す。確かに、彼女たちの力は届いている。私たちを、護っている。


「さて、エルシオ。そろそろ避難が完了しますね」

「はい、殿下。騎士や兵士たちも遠ざかりました。今、砦の近くで結界に入っていないのは、『魔人』たちだけです」


 私のかけた声に、にやりと笑ってエルシオが返してきた。――あの『魔人』たちに、『生半可な魔術』は効かない。物理攻撃もあの体表の硬度の前には傷をつけるにはドレーク卿以上の実力が必要だろう。そもそも、魔物の力を得たあれらは、膂力や身体能力で圧倒的に有利だ。つまり、接近は愚策。


 ならばどうするのか? ……十分な距離を取ったうえで、生半可ではない魔術を叩き込めばいいだけのことだ。


 ゴウ、と魔力が渦巻くのを感じる。隣からもだ。撤退を命じたのはこのためだ。味方が入り混じっていれば巻き込みかねない極大魔術は使用できない。


 天に手をかざす。私は魔術を唱えた。練り上げられた魔力がパリッと雷光を小さく走らせる。


「――雷よ。降り注げ。『天帝の剣』!」


 全てを貫き、灼き尽くす(いかづち)が、嵐のごとく降り注ぐ。眼もくらむ雷光、とどろく咆哮のごとき雷鳴。同時にエルシオも魔術を唱えている。


「炎と光よ、撃滅せよ。――『光華・炎神』!」


 聖なる光を纏った黒炎が出現する。雷光の間隙を縫うように、黒炎と聖光はともに火柱を上げ、燃え広がる。


「あは、えあは、ぐぎょ、ご、がああああああああああああああああ!?」


 『魔人』の断末魔が幾重にも上がる。これほどの攻撃を受けて、まだ蠢いている。それはおぞましくはあるが……あまりにも……。それでも手を緩めず、魔術を放っていると、わずかに隣で、エルシオの気配が揺れたことに私は気づいた。


「……エルシオ」

「判っています。……間違えません」

「……ええ」


 そうだろう。判っている。これでも、私エルシオを最も親しい友人の一人だと思っているのだ。彼は間違えない。優先するべきものを、護るべきものを、間違えない。


 それでも、エルシオ・ランスリーという青年が、ひどく優しい人だということも、知っている。軋む心も無力を嘆く己もねじ伏せて、彼は戦場から目を離さない。


 ――シャロンの手紙から察するに、あの『魔人』たちが、自ら体を差し出した可能性は低い。攫われたのか、騙されたのか、あるいは『そのため』だけに産み育てられた可能性すらある。そしてたとえ、自ら禁忌に踏み出したのだとして、私たちにシャロンと同じだけの力があれば救えたのだ。少なくともシャロンが帰ってくれば、きっと彼らは『人』に戻れるのだろう。


 それでも私たちは『魔人』たちをこの場でせん滅することを選んだ。どんな事情があるにせよ明確な『敵』であり、『脅威』である彼らを気遣って、味方の被害を広げるなど愚の骨頂。すでに死傷者が多数出ているのだからなおさらだ。


 今、この場で、彼らを殺さずに無力化することに労力を割くのならば、戦争そのものを終わらせることに注力する。圧倒的な戦力である『魔人』たちの完膚なきまでの『敗北』は、ヴァルキア帝国軍に少なくない動揺を与えるだろう。


 私たちにとって見知らぬ憐れな隣国の民よりも、我が国の騎士や兵士、ひいては国民の命の方が重いのだから。


 ――『わかっておりますわ。わたくしがヴァルキア帝国の皇女であるように、あなたはメイソード王国の王子殿下ですもの』と、シルヴィナ・アセス・ヴァルキア皇女は言った。


 全てを救うことは不可能だ。シャロンですらも、成しえないからこうなっている。力がない。手段がない。伸ばせる手は限られていて、選択をしなければならない。どれほどの苦悩がそこにあったとして、迷ってはならないのだ。そうしなければ、最低限すら守れない。喪えないものを簡単に失ってしまう。


(すべては救えない。それでも、伸ばせる限界まで、手は伸ばす)


 それでいいと、思っている。私も、皇女も、エルシオも。……シャロンはどうだろうか。彼女は時折ついでとばかりに変なものまで救ってくるのに、ひくほど簡単に他人を切り捨てるから。結局、シャロンはシャロンの中で明確な優先順位に従って、大事なものだけを大切にするのだろうし。


 いや、余計な考えは今は置いておこう。そろそろ、断末魔も途切れてきた。むしろ、まだ耐えている者がいることに、恐ろしいほどの生命力だと戦慄する。


 その時、エルシオが声を上げた。


「殿下。……また、動きがありました」


 映像転送魔道具の受信機を見る。そこには、ヴァルキア帝国軍がゆっくりと後退し、国境の内側……ヴァルキア帝国側にまとまりつつある様子が写っていた。雷光と火柱によって、砦の上にいても戦場の様子は見渡せない。そんな中、魔道具はいい仕事をしてくれていた。


(一見すれば、こちらの魔術におののいたヴァルキア帝国軍が押し返されているだけのように見える、が……)


 それだけのはずがない。考える。考えろ。国境線。後退するヴァルキア軍。ベルキス将軍。魔道具には、ベルキス将軍が結界を起動しようとしている様子も写った。


 ハッと、気づいたのはエルシオと同時だろう。


「「魔物の氾濫(スタンピード)……!」」


 澱みからいでし理性無きケダモノどもが、啼いた。













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