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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/84 あるいは千切れそうにか細い蜘蛛の糸だとして、(小夏視点)


 バタバタと、荒い足音が扉の向こうを行き来している。あたしとイリーナ様は、今王城にいた。エルシオ様たちが出陣して、メリィさんたちもそちらに動員されることになったから、屋敷内より王太子殿下たちと一緒にいた方が安全なんだって。


 エリザベス先生は魔道具をいつでも補充できるように研究所に籠っているし、ネイシア様は学院で万が一のことに備えつつ、王都の警備のためにやっぱりいろいろと動いているらしい。王太子殿下はテレビ……じゃなくて、『映像転送魔道具』で戦況を確認しつつ、書類をさばいたり指示を出したり報告を聞いたりとお忙しそうだ。


 あたしとイリーナ様は、そんな王城の、王太子殿下の執務室近くの一室で一心不乱にお祈りをしていた。あたしの『加護』が、少しでも届くように。ほんの少しのラッキーで、エルシオ様たちや騎士さんたちが助かるのなら、いくらでも祈る。お守りのように、刈宮様の伝記『空に還る』を抱きしめながら、ひたすら祈っていた。そんな時、廊下の慌ただしさが一層増した。


 不安が募って、イリーナ様と目を合わせれば、うなずいてくださったイリーナ様は控えていたメイドさんに指示して様子をうかがってくれた。そして、すぐに戻ってきたメイドさんの顔色はひどく悪くて。メイドさんの話だと、エルシオ様たちの戦況が一気に悪くなった、って……。


 さあーっと、あたしは血の気が引く。どうしよう。どうしよう。エルシオ様たちが。小さな幸運じゃダメなんだ。もっと、もっと。


 呼吸すら浅くなって混乱するあたし。でも、同じくらい怖いはずのイリーナ様は毅然とお顔を上げた。


「コナツさん、わたくし、映像転送魔道具の部屋に行きますわ~」

「え!?」

「祈りは、その対象を明確に認識していればしているほどに効果が出るのですわ~」

「!」


 イリーナ様の言葉に、あたしは目を見開いた。そうだ、確かに魔術を教えてくれるときにイリーナ様はそう言っていた。覚えている。


「コナツさん。あなたはこの部屋にいてください。……戦場の光景は、あまりにも刺激が強すぎますわ~」


 あたしを気遣って、イリーナ様はそう言ってくださる。そうしたい。その言葉に甘えたい。だって怖い。怖い。人が死ぬところなんて一度も見たことがないあたしには、きっとキツ過ぎる。判ってる。……でも。だけど。……あたしだって!


「いいえ、行きます! 大変な状況だからこそ、きっと、幸運が必要だから!」


 キッと、イリーナ様を見返して、あたしは言った。だって、戦場に立てないあたしはこれしかできないから。これだけ護られて、気を使われて、なのにここで動かないなんて後悔するに決まっている。


 そんなあたしに、新緑の瞳で静かにイリーナ様が問うてきた。


「コナツさん。……覚悟は、できているのですか」


 ……本当は足がすくむほど怖い。逃げたい。あたしにはこんな異世界の戦争関係ないって逃げたい。逃げたいよ。それで多分許される。イリーナ様も、王太子殿下も、国王様も、シャーロット様だって、きっとそんなあたしを責めない。――だけど、刈宮様は言ったんだって。


 『私は私のために、私が後悔しない選択肢だけを選ぶのよ』って。


 だから、あたしはあたしのために、あたしが後悔しないほうを選ぶんだ。


「はい。覚悟しています。お願いします、一緒に行かせてください!」


 あたしは頭をバッと下げた。数秒の沈黙が長く感じた。


「わかりましたわ~。顔を御上げになって。時間がありませんわ、急ぎましょう~」


 ぎゅっとあたしの手を握って、ふわりと微笑んだイリーナ様。その白い手が、震えていることに気づいたあたしは、ぎゅうっと握り返す。


「~~~っ、はい!」


 そしてできる限りの速さで、『映像転送魔道具』の受信機が設置されている部屋へと向かった。騎士たちに厳重に守られていたその部屋だけど、イリーナ様が言えば道は開く。あたしたちは一緒に、その部屋に入った。


「ひっ」


 のどが引き連れたような声が出た。映し出されていた画面は、エルシオ様たちが拠点とする砦全体を映したもので、あまり近くによってはいない。さすがに、拡大・縮小のような機能はこの魔道具には搭載されていないんだろう。だけど、その距離があっても、おぞましい光景が見て取れた。


 巨大な光の柱が砦の近くに在り、そこに次々と人間が飛び込んでいく。それを追うように、人のようで人ではない何か(・・)が砦の近くで這いずっていた。そして多分、点々と転がる赤黒い何かは血で、……死体なのだ。


「……っ、っ、」


 必死で吐気を飲み込む。冷や汗が噴出した。全身が細かく震えている。視界がゆがんで、涙がほほを伝った。その場に崩れ落ちそうになる。


 だけど。


「癒しを、皆様に」


 優しく、でも凛とした声が聞こえた。イリーナ様だ。画面を前に跪いて、祈っている。震えているのに、顔色はこれ以上なく悪いのに、唇をかみしめて血がにじむほど両手を強く組んで。


 ふっと、体がわずかに楽になるのを感じた。


(……イリーナさま……)


 こんなあたしにまで、祈りを届けてくれている。そうだ、あたしはここに何をしに来たのか。無駄にイリーナ様の魔力を消費させに来たのか!? 違うでしょ!


「みんなに、幸運を――!」


 祈る。イリーナ様の横に跪いて、首を垂れて、痛いほどに両手で『空に還る』の本を握りしめて、強く強く祈る。


 届け。届け。少しでもたくさんの幸運が、彼らを救いますように。どうか。……どうか、死なないで。













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