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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/26 彼女は唯一の(メリィ視点)

あけましておめでとうございます。

今年度もよろしくお願いいたします!


 わたくしはシャロンお嬢様の専属侍女を務めさせていただいております、メリィ・レンドールと申します。

 わたくしが仕えているのはランスリー公爵家というわが国きっての大貴族。

 毎日飽きることなく様々な騒動の起こる家でございます。現在はお嬢様とお坊ちゃま、二人の天使に振り回されながらも癒されておりますが、先日起こった騒動は別格でした。あれは、秘密裏に処理こそされましたが使用人一同上を下への大混乱をきたした事件でございました。


 まあその混乱にもいろいろと裏と表の理由がございます。


 ですがやはりそのお話をするには、先に私が知る『ランスリー公爵家』についてご案内するべきなのでしょう。


 ――わたくし自身の出身はしがない男爵家。その四女として生まれたわたくしが侍女として奉公を始めたのは十八の春でした。実家であるレンドール男爵家は私をどこぞの老辺境伯の後妻として嫁がせようとしていたことは存じておりましたが、承服しかねましたので切って捨てております。実母に後押しされましたので晴れて自由の身でした。ですのである意味平民階級の只の「メリィ」ともいえます。それから様々な経験を積み、公爵家へと雇われたのは二十歳の時。


 公爵家令嬢の侍女という、通常であれば夢のような地位です。破格です。でも正直、当時は狭き門ではありませんでした。いえ、もちろんランスリー公爵家の使用人に採用されるにはある程度の教養と能力が要求されます。わたくしの場合はそれまで子爵家、伯爵家、侯爵家と勤め上げ、順調に実績を積んだのが評価されたのでしょう。そう、ランスリー公爵家に雇われることはなかなかに高いレベルが必要なのです。ですがその配属先として、シャロンお嬢様の専属、というのは空席がちだったのです。他の役職は非常に競争率が高いのですが……。


 まあ、理由は判り切っています。あの頃のお嬢様は現在とは違う意味で奔放であられたからでしょう。


 『その頃のお嬢様』についていたのは三か月ほどですが、あれをしてこれをして、あれはしないでこれはしないで。くるくると変わる意見と乱降下する機嫌。なかなかに気力のいる日々であったと記憶しています。


 それも、ランスリー公爵ご夫妻……旦那様と奥方様が儚くなられたことで、消えてしまったのですけれど。


 半年ほどの期間、シャロンお嬢様は誰の言葉も受け入れられないような状態でした。お嬢様の持って生まれた美貌も相まって、精巧なお人形の様にさえ見えました。

 ……使用人の中にはその様をみて不気味だと零したものもいます。誰もあの時のお嬢様の傍にいることは出来ませんでした。専属であったわたくしも、日々の生活の補助はさせていただいておりましたが、動かず喋らないお嬢様はほとんどの時間をお部屋にこもって過ごされていたこともあり、関わる時間は限られていました。


 半年という時間は長いようで短くもありました。国からの領主代理殿は外交官として地位を築いた傑物と評判でしたが、領地経営も思わしくなく何やら怪しい気配もうすうす感じていましたから。だから、全く手のかからなくなってしまった、『お嬢様』には、半ば事務的に仕事をするだけになってしまっていたのです。……それを、どれほど後悔したことか。


 今でも肝が冷えます。シャロンお嬢様が階段から転落した、あの事故は。


 幸い、外傷はさほどありませんでした。公爵家お抱えの医療魔術師様もおられました。でも問題はそれではなく。

 階段から落ちたのに、怖い思いをしたのだろうに、泣きもしなかったことが。恐怖ではなく何かわからない、叫びをあげたことが。


 半年間只沈黙していた幼い少女が、とうとう壊れてしまったのかと背筋が冷えました。

 これほど周りに『大人』がいたのに、そこまで追い詰めてしまったのだと。


 嘗て、シャロンお嬢様は確かに奔放でした。仕えるお方に対して言っていいことではありませんが、少々わがままの過ぎる御令嬢だったのです。


 でも亡き旦那さまや奥様との愛情は本物でした。


 幼い眉間に皺を寄せていることが多かったお嬢様が、旦那様や奥様を見かけた瞬間ほころぶように笑うのです。肩の力が抜けた、あどけないお顔。世界でただそこだけが安全であるかのように、旦那さまや奥様の腕の中でお嬢様は安堵しておられました。


 貴族というものは概ね早熟な人物が多いものです。幼少期から教育を施され、親から若くして領地を任されることもある。

 でもだからと言って傷つかないわけではありません。親しい人を亡くせば大人であれども涙を流します。それは心の整理に必要な行為の一つなのでしょう。


 シャロンお嬢様はご両親を一度に亡くされた時、まだたったの九つでした。

 けれど、お嬢様は一度も泣いてはいなかったのです。

 泣き喚いて駄々をこねてもきっと誰も少女を責められはしなかったのに。


 でもそれをしなかったのは、恐らくはしなかったのではなく出来なかったのだと思います。……それほどに心を預けられる人間がいなかった。寄り添っていられるものが、このランスリー家にはいなかったのです。


 あの日、階段から落ちたお嬢様は。

 誰にも助けを、求めませんでした。


 使用人一同が、後悔に苛まれました。なぜ、お嬢様を一人にしたのかと。なぜ、そうなってしまう前に支えられなかったのかと。ただ一人残された主家の少女を。



 まあその三日後、百八十度豹変したお嬢様ご自身に感傷は吹き飛ばされたのですけれども。粉々でした。




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