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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/83 地獄に堕ちる(エルシオ視点)


 ヒュッと息をのむ。次の瞬間、治癒魔術を各方面に発動していたのはもはや反射だろう。


「なんだ、あれは……!?」


 砦のすぐ近く、魔術師たちの足元。それらは地下からやってきた。ボコりと盛り上がった土、底から伸びてきた腕……否、腕らしきもの(・・・・・・)


 それ(・・)は魔術師たちの足を掴み、そのまま、――ひきちぎったのだ。


「ぎゃあああああああああ!?!!!」

「アハッ、アハ、ハハ、ヘハハハッ」


 魔術師たちの絶叫、悲鳴。その中で奇妙に甲高い耳障りな声でそれら(・・・)は笑う。嗤っている。


 戦場は阿鼻叫喚だった。殿下がとっさに風魔術を唱えたために、多くの魔術師が宙に浮遊しており、間一髪手を逃れていた。けれど、遅かった。僕らは、気づくのがあまりに遅かったのだ。


 僕とジルファイス殿下の見解は一致していた。初撃の大規模殲滅魔術、そして次には『何か』を仕掛けてくるはずだと。油断はしていなかった。だけど。


 地下から突如出現したそれらは、――人間をかたどった獣のようだと思った。そのシルエットは一見人型、けれど肌は紫や緑など人間ではありえない色彩を纏い、その上でほぼ体表の全てを短い体毛でおおわれているようだった。その色もまた毒々しい赤や紫、暗緑色などだ。さらには角や長い舌、裂けた口、飛び出した眼球、指というには数が多い触手、うねる尾のような何かなど、見れば見るほど異形を成している。


 おそらくあれは、シャロンの手紙にあった『人と魔物の融合』だ。あんなものを、あんなものを生み出すなんて!


(正気じゃない……っ)


 魔術を唱える。地面から逃れるように、風魔術の浮遊と闇魔術の重力操作を巡らせる。同時に少しでも魔術師たちの生存率を上げるために光魔術で治癒を行使する。魔術を多重に唱えるのはさすがにきつい。だけど。


「ランスリー公爵っ」


 僕の隣にいる王城魔術師が制止するように焦った声を上げる。大量の発汗と尋常じゃない魔力消費。こちらを案じるのも当然だと思う。でも、やり遂げてみせる。シャロンじゃあるまいし、これ以上の同時行使は無理だけど、ここまでなら、やれる!


「……っ」


 ざっと見て、砦外にいた王城魔術師の、四分の一が死傷していた。夥しい血液で地面は赤く染まり、異形の姿に嘔吐をするものや、あまりの恐怖に呆然自失してしまっている者すらいる。もちろん、一部の無事な魔術師たちは反撃を試みている。……けれど、結果は芳しくないと見て取れた。


 そうこうしているうちに気づいた魔術騎士たちが駆け寄ってきている。が、彼らの剣も通っていない。……魔物そのものであるかのような頑丈さ。


「殿下!」

『判っています!』


 空中からジルファイス殿下が、僕の隣に魔道具で転移をしてくる。


「エルシオ! 救助が優先です! あれには生半可な魔術は効きません!」

「やっぱり……! エイヴァ君は!?」

「飛びだしていこうとしましたが、ひっ捕まえて『安全地帯』を作っていただきました!」


 殿下の言葉と同時に、前方にカッと大きな光の柱が現れた。――あれが、エイヴァ君の結界か。


「殿下、こちらを!」


 拡声魔術のかかった魔道具を渡す。見もせずに受け取った殿下は魔術師たちに叫んだ。


『砦内、または光の柱に退避せよ! 結界内に化け物どもは手を出せません!』


 それに一斉に、『化け物』――いうなればあれらは『魔人』なのだろうか――の攻撃範囲内にいる者たちは動き出す。『魔人』たちは当然、それを追う。それを僕らは魔術で阻害しつつ、退避を援護する。


「……魔物と融合している……それに、おそらく『イーゼア』が使われているみたいです。魔力値と身体能力がどう考えても異常だ……!」


 分析を口にした時だ。風魔術で進行を阻んでいた『魔人』のうち一人が、ぱかり、と口を大きく開いた。


「! 光よ!」


 猛烈に嫌な予感に襲われ、僕が結界魔術を唱えたのと、それ(・・)が放たれたのは同時だった。


 ――カッ!


 それ(・・)が口から吐き出したのは、『破壊光線』と呼ぶべきもの。とっさに放った光魔術結界にぶち当たって四方に目を焼くような光が炸裂する。ビキリ、と結界にひびが入ったことに気づいて、その威力に顔色を青くする。


「エハアァ、アハハハッ、アハハハハハハハハッ!」


 それら(・・・)は嗤っている。嗤っている。耳まで裂けた口からだらだらと涎を垂れ流し、瞳の焦点は何処にも合っていない。


(あれに、理性はない。多分、言葉も理解していない。……生き物を狙っている? いや、ならなぜ地下からここを目指した? 言うことを聞かせるすべをベルキス将軍が持っている?)


 一人目を皮切りに次々と――それは毒液であったり、炎であったりと個体によって効果は違ったが――口から攻撃を吐き出す『魔人』たちから守護する魔術を操りながら、頭を回転させる。そんな僕の横で、見透かしたようにジルファイス殿下がおっしゃった。


「古代の術式だそうです。『服従』が刻まれている、と。肉体に魔術陣をつけ、『主人』の言葉に絶対服従しているようです。人間であればじかに魔術陣を刻むなど耐えられないでしょうが、あの強靭な体がそれを可能にしたのでしょう」

「……エイヴァ君ですか、それ」

「はい。彼はあれでも太古から生きていますからね、昔のことはよくご存じです」

「解除の方法も知っていたりしました?」

「エイヴァですよ? 『そんなもん知らん。つぶせばいいのだからな。そもそも解除法などないのではないか?』、と言っていました。肝心なところで役に立ちません」


 本当に! 期待した僕が馬鹿だった。だってエイヴァ君だもの。いや、下手に服従を解除したら、『魔人』たちが好き勝手に動いてさらに戦場が混乱する可能性もある。おそらくは『魔術師を狙え』という指示を受けているんだろう。証拠に、攻撃してこない限り魔術騎士には見向きもしない。砦やエイヴァ君の結界には侵入しようと暴れているけど。


「エルシオ。シャロンは魔物と人を分離したそうですが。あなたは可能ですか?」

「……残念ながら、もっと落ち着いた状況ならともかく、今は無理です」

「ですね。私も無理です」


 僕の返答に殿下も頷く。出会って一分しないうちに対処できたというシャロンがおかしいのだ。


 それでも何とか、魔術師たちの避難は進んでいる。こちらの混乱に、ヴァルキア帝国軍と交戦中の騎士や兵士たちにも動揺が広がっているが、騎士団長・ドレーク卿・ビオルト侯爵が叱咤して何とか立て直しつつある。


 けれどそこで、ジルファイス殿下が叫んだ。


「――! 全員防御!」


 ハッと見れば、寄り集まった『魔人』たちの全員が、口を大きく開いていた。たった一人でさえも異常な威力なそれを、束ねるように。


 血の気が引く。


「光よ!」


 僕を含め、周囲の魔術師たちが一斉に詠唱をする。


 ――そして……。














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