10/82 天地に、(ジルファイス視点)
「なんだこの下らん魔術は。この程度か? 詰まらんな」
私の隣で悠々と構えたエイヴァがこぼした。さんざんな評価ではあるが、おおむね同意する。シャロンの魔力で練り上げられた、見た目が派手なだけの魔術だ。初撃ゆえに私やエルシオも参加し、皆で散らしたが、次に同じ攻撃が来れば王城魔術師たちだけで対処が可能。私やエルシオに限れば単体で迎撃できる。
「彼らはそろそろ学ぶべきなのですよ。なぜ我が国が魔術大国と呼ばれるのか、ということを」
そうエイヴァに返しながら、私は目を細める。そう、ベルキス将軍は学ぶべきだ。我々が『魔術大国』と言われるのは、ランスリー公爵家だけに頼ったわけでも魔力保持者の数に頼ったわけでもない。純粋に、我が国で『魔術師』と呼ばれる者たちが持つ実力ゆえに、我らは魔術の技量において他国の追随を許さない。
(そして、私たちも忘れてはならない)
ヴァルキア帝国は『武の国』。東の地を代表する大国である。彼らの神髄は『魔術』ではない。身体能力、結束力、戦闘時における勘の良さ、――研ぎ澄まされた『武力』。
(さあ、どう出る気です?)
先制魔術攻撃はただの威嚇だ。これまでの戦いを経て、あれを我々が『防げない』などという勘違いができるほどにベルキス将軍は愚かではない。
(まあ、本当にシャロンの魔力を利用して、稚拙な魔術を使用してくれたのはよかったですね)
これで、昨夜の私たちの話をメイソード王国軍は真実だと確信しただろう。……シャロンの魔力がヴァルキア帝国陣営にあると感じ取り、その上でシャロンの姿がメイソード王国側から消えて久しい、という状況では『ランスリー公爵令嬢によるまさかの寝返り』という疑惑が沸きかねなかったので、『シャロンはヴァルキア帝国に潜入してその力をがりがり削っている最中であり、潜入時のエサとして少々自分の魔力を利用した』、という荒唐無稽なように見えてほぼほぼ真実でしかない話を皆にしたのだ。そんなまさか、という困惑は、『彼女はシャーロット・ランスリーですよ?』というエルシオが放った魔法の言葉で大体押しつぶされていた。そして今のアレでダメ押しである。
それはともかく。
既に、魔術の余波にまぎれて国境を越えようとするヴァルキア帝国軍と、わが軍との衝突が始まっていた。私は戦場に目を走らせ、魔術で援護をしながら念話を飛ばす。
『――エルシオ、どうですか?』
『こちらからの殲滅魔術は、やめておいて正解ですね。こちらが魔術を唱えた瞬間、ヴァルキア帝国側で魔道具を起動していました』
冷静な声でエルシオが返す。まるで見ていたかのような物言いは、実際に見ていたゆえだ。魔道研究所が完成させた『映像転送魔道具』。それを利用し、王家とランスリー家の『影』が飛び回っている。そしてエルシオの手元にある受信機で、彼は戦場の状況を確認しているのだ。
受信機の構造は複雑で、流石の魔道研究所でもこの短期間に量産は不可能だった。……本来は私が受信機を所持するはずだったが、エイヴァの監視を私が引き受けることになったがために自動的にエルシオに役割を代わったのである。
『結界ですね。効果はやはり?』
『完全起動はしなかったのですべての術式は読み取れませんでしたが、あれは受けた攻撃を弾く、あるいは無効化するといったものではなく……逸らすものですね。安易な攻撃はこちらが被害を受けます』
『なるほど。引き続きお願いします』
『はい』
轟音の響く戦場から、視線を離さない。シャロンの魔力による大規模殲滅魔術、結界魔道具による防御。
(当然、それだけのはずがない)
シャロンの手紙にあった『許されざる研究』が、私の脳裏をよぎる。エルシオとも意見が一致し、陛下を経由して兄上やビオルト侯爵、騎士団長たちとも情報を共有した。
『証拠』は、確認できなかった。今刃を交えている帝国軍の中にもそれらしき影はない。だが、嫌な予感がぬぐえなかった。
エイヴァを抑えながらも魔術を放つ。水、光、雷。魔術が敵陣営に降りそそぐ。確実に敵だけを潰してゆく。砦内に配置した魔術師とは防御と治癒を受け持っている。敵の魔術を防ぎ、俯瞰した場所からこちらの被害をいち早く確認して治癒・守護・援護する。
一方で砦の外部に配置した魔術師たちは攻撃特化だ。自分の身は自分で守りながら、戦場を駆け抜ける。砦から離れすぎず、かといって固まりすぎない。騎士や兵士の間隙を縫って魔術を通す。
風・火・水・土・雷・光・闇。乱れ飛ぶ魔術と、とどろく爆音、金属音と血の匂い。肉の断ち切れる音。
『殿下、第二撃、対処します』
『わかりました』
またしても天を割るように飛来する燃え盛る巨石。砦内部に配置した魔術師たちが、今度は彼等だけで迎え撃つ。流れるような連携に、最初と同じくこちらの被害はおおよそゼロ。ただ熱風が激しく吹き付け、わずかに視界が揺れる。
――その時。
『殿下! ベルキス将軍に動きあり! 警戒を――』
エルシオのやや焦った声の念話を、遮るようにいつも通りの声が、隣から聞こえた。
「む。――ジルファイス、下から来るぞ」
エイヴァのその言葉に、私は瞬時に叫んだ。
「――風よ! 我らが羽と成れ!」
私を中心に、皆の足元から体を支えるように風を巻き起こす――けれど、それは少し、遅かったのだ。