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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/81 高み(エルシオ視点)


 翌日、朝。戦闘の始まりは、ヴァルキア帝国軍からだ。


 空は曇天、すでに汗ばむ気温の中、草原に居並ぶ屈強なヴァルキア帝国軍。迎え撃つようにこちらも魔術騎士を筆頭に、騎士、兵士、そして後方支援の魔術師の部隊が陣形を組む。


 ざっくりいうと、砦の屋上および周囲に魔術師部隊、その前方に騎士部隊と兵士部隊を混合したうえで四つに分け、右手側――『秘魔の森』側を前方に『/』の形となるように配置。魔術騎士たちは小隊を組んでそれぞれ散らばっている。


 そんな中、指揮官である僕らの配置としては、騎士団長が最前線に。兵士部隊代表であるビオルト侯爵は『/』の後ろから二つ目にあたる兵士・騎士混合部隊の後方に。どこまでも特攻していきそうなエイヴァ君のお目付け役として彼の首根っこを掴みつつ、魔術師部隊と共にジルファイス殿下。殿下の護衛兼、いつでも飛び出していける位置にドレーク卿率いる魔術騎士の小隊。そして僕は回復魔術の要として、砦の屋上にいた。


 ジルファイス殿下と僕の配置は最後まで議論が繰り広げられたけれど、『回復・浄化』の観点から言うと僕の魔術の方が勝ると殿下本人に断言されてしまえば反論ができる者はいなかった。まあ、個人間転移魔道具をそれぞれ身に着けているから、万が一の時はいち早く殿下に避難していただくことはたやすい。


 ……そしてエイヴァ君は……エイヴァ君は、本当は僕が抑えておくはずだったのに、ヴァルキア帝国軍接近の報が入った瞬間砦から喜々として飛び出したものだから、ジルファイス殿下と一緒に引っ捕まえて……あの場所まで引きずり戻すのが限界だったんだよ……。


 ともかく、夜も明けきらないうちから近づいてくるヴァルキア帝国軍の知らせを受け、すぐさま陣形を組んだ。そして――ヴァルキア帝国軍は、やはりもはや出し惜しみをしないことにしたようだった。


 近づいてきた割には国境を挟んで妙に距離を取っている帝国軍。斥候から報告のあった内容。『これまでにない人数の魔術師』が同行しているということ。そしてベルキス将軍が持つという『薄紫色の水晶玉のようなもの』。……『薄紫』、ね。


(大規模殲滅魔術……だろうな)


 冷静に考える。焦燥はない。あくまでこれは、防衛戦だ。敵が手を出すか、国境を超えるまで、僕らからは動かない。


 ピリっと、空気がひりつくような緊張感をはらみ、生温い風が草原を駆け抜ける。


『エルシオ。準備を』

『はい、殿下』


 念話でジルファイス殿下と確認をしあう。静かに、丁寧に、けれど素早く魔力を練り上げる。僕の周囲の魔術師たちにも、もちろん殿下の周囲の魔術師たちにも命じてある。これから起こるだろうことと、僕らがすべきことを。


 ラルファイス殿下とジルファイス殿下の未来予知もかくやな予測を疑うものはここに居ない。導き出されるのはヴァルキア帝国の先制魔術攻撃だ。


 我がメイソード王国に、魔術で喧嘩を売る、その意味。


「……!」


 ヴァルキア帝国陣営後方での動きを、とらえた。


 よく知る(・・・・)魔力が練り上げられ、大規模殲滅魔術が放たれる。僕らの陣営に向けて。


 曇天が紅く染まる。雲が埋めるように巻き込まれ、剛風が吹き荒れる。


「――隕石!?」


 遠近感が狂うほどの巨大な炎を纏う岩石が、天を割って無数に降り注ぐ。


 でも……その程度。


「想定の範囲内だよ」


 輪唱するように魔術師たちがそれぞれに魔術を唱えていく。


「「「光よ。――敵なるをことごとく貫け。『千万光矢』」」」


 殿下、そして周囲の魔術師たちの魔力で作られた輝く巨大な光の矢が無数に天に浮かんで隕石を迎え撃つ。貫き、粉々に巨石を砕いてゆく。


 そして、まだこちらの魔術は終わらない。


「「「闇よ。咢を開け」」」


 他の魔術師たちが唱える。空中に『闇』が口を開いた。一つ一つは大きなものではない。けれど確実に、無数に砕け散り落下する隕石のうちまだ威力が大きいだろう破片を飲み込み、葬る。


 さあ、仕上げだ。すでに練り上げられていた魔術を唱える。続けて周りの魔術師たちも。


「「「風よ。逆巻いて弾け。『逆渦』」」」


 僕とさらに別の魔術師たちによる風魔術によって、『闇』が取りこぼした小さな欠片を弾き飛ばす。


 結果――僕らの陣営の、被害は軽微。わずかに魔術をすり抜けた欠片によって軽傷を負った人も居るけれど、重傷者はいない。そもそも、あそこまで威力を削った『残骸』を振り払う実力は持っている者たちばかりだ。そのほかは魔術師たちが魔力を少々削られ、熱波によって多少体力を消費した程度。


「もろいよね。たかが魔力が大きいだけの魔術で、勝てると思うのは間違いだよ」


 つぶやいた。……確かに、大規模殲滅魔術ではあった。それを形成した魔力の源は、よく知った人物のものだったことも、わかっている。他人の魔力をどうやって魔術に変換したのか……それは今、考えるべきではない。それが『可能だ』という予測が事実になったことを認識すればそれでいい。


 確かにあれは、シャロンの魔力で作られた魔術だった。恐ろしく巨大な魔力だった。――でも、ただ大きな魔力だっただけ(・・)だ。何度同じ魔術を唱えようとも結果は同じ。むしろ回数を重ねれば重ねるほどこちらの練度は上がる。込めればいい魔力の『最低値』を知るから。


 僕の周りで、不敵に口角を釣り上げる魔術師たち。否、メイソード王国において、魔術の適性を持ったものはすべて、気づいている。


 ……確かにシャロンは最高の魔術師で、彼女の魔力で魔術を放つことで、彼女が敵に回ったのではないかという疑心暗鬼を募らせようという思惑もあったかもしれない。魔力から個人の判別は、実力のある魔術師ならやってのける。でも、これは逆効果だ。僕らは事前にみんなに情報を共有していたし、そしてメイソード王国の魔術師なら誰もが先ほどの魔術を『シャロンの仕業ではない』と断言する。


 御しきれない膨大な魔力量に任せた雑な魔術。美しさもない、巨大なだけのもろすぎる攻撃。……嗤えるね。メイソード王国の王城魔術師であれば、効果範囲の規模こそ劣っても、倍以上の威力の殲滅魔術を、半分以下の魔力量で作り上げる。その実力がある。


 そして、シャーロット・ランスリーは彼らのはるか上をいく魔術師だ。


 ベルキス・アセス・ウロム・ヴァルキア。『魔力』至上主義の男は、勘違いをしているのだろう。


「シャロンの最も怖いところは、その底なしの魔力じゃないよ。シャロンの怖さは、その膨大な魔力を、一ミリの狂いなく、微細に制御しきっているところだ」


 それができるから彼女は、我が国の魔術師の頂点に立っているんだよ。






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