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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/79 古きモノに、(ジルファイス視点)


 なんであれ、子供たちのことはシャロンに任せるしかない。この件に関して私たちにできることは、人外の暴走を食い止めることだけだ。変なところから変な風に話が伝わってエイヴァが訳の分からない行動をしないようにと、シャロンも沈黙を破り手紙をよこしたのだろう。そうでなければ終戦まで暗躍に徹して完全に沈黙していたのではないだろうか、彼女は。


「……では、この手紙の情報は念頭においておくとして、今考えるべきはやはり目前の戦いですね。砦の準備はいかがですか?」

「はい、そちらは順調です。もともとが『秘魔の森』の監視をも含めて国境警備を担う砦なので、防衛機構には力を入れています。食料や兵たちの拠点整備含め、転移門の準備も滞りなく進んでいます」


 私の問いにエルシオはよどみなく答える。先ほど、王城の会議でも確認をしていたが、改めて話を詰めてゆく。繰り返すことは無駄ではない。そうすることで新たな策や、これまでの作戦の穴が見つかることも多いのだ。


 ――そもそもの話をしよう。『秘魔の森』と地続きとなっている国はたった一つ、我が国のみ。ヴァルキア帝国との国境を境に、森から流れる巨大な川がヴァルキア帝国と森とを分けている。一方、メイソード王国側は森の終わりから草原が広がっているのだ。戦うのであれば、住民に被害が出る可能性が非常に低い立地ではある。


 もちろん、国境でもあり、『秘魔の森』監視の役目も持つため、ここには堅牢な砦が築かれている。――『エブロスト砦』、というそれは、初代ランスリー公爵が建設したといわれるものだ。三千年の時を経て未だ当時の威容をそのまま残しているのは、初代公爵の施した結界魔術のすさまじさを物語っている。


 そう、『秘魔の森』との境界を含めた、王国の西側に広がる広大で肥沃な土地こそが、ランスリー公爵領なのだ。領都を含め、大きな町はやはりおおよそ東寄りにあるし、公爵領とはいえ森の特殊性から王室を含め国内貴族は防衛と監視に協力している事実もある。


 ともあれ、やはりそこはランスリー公爵領であることはゆるぎない事実だ。つまり、初代ランスリー公爵が建てた『エブロスト砦』はもともとの機能に加えて……シャロンによる魔改造を経てひくほど堅牢になっている。


「実際のところ、どうなんです? 砦の防衛機構は公爵邸に劣りますか?」


 現存する建造物の中で、最も守りが固いのはランスリー公爵邸だと私は思っている。領にある本邸は言わずもがな、王都にある別邸もだ。そんな私の問いに、エルシオはわずかに考えるように口元に手を当てた。


「……はいと言えばはいですが、いいえと言えばいいえ、ですね」

「つまり?」

「結界など、防衛魔術に関しては同等のものが敷かれています。国境ということで、範囲守護や監視、魔物対策なども強化されています。……侵入者は可哀そうなことになってしまうくらいには」

「ああ、あの自律的に反撃してくる仕様ですか」

「もちろんそうです」

「……なるほど。ですが、『いいえ』でもあると?」


 尋ねれば、やや苦笑を浮かべたエルシオ。が、それもつかの間だった。


「……会議でははっきり言うのがはばかられたのですが……ほかの方々の支援を受けている分、砦の戦力はランスリー公爵家の者たちだけではありませんから」


 だから公爵邸より砦の防衛の方が手薄といえる、と言い切ったエルシオはいい笑顔で笑った。私はスッと目をそらした。


 ……ああ、うん。ランスリー家の使用人は末端に至るまですべからく戦闘能力が高いから、仕方がない。例えば、ごく普通に仕事のできる他家のメイドと、ランスリー公爵家で働く『影』でも何でもないメイドを比べてはいけないのだ。ランスリー公爵家のメイドはどんなに華奢で幼く見える者であっても、素手で悪漢くらい捻り上げる。私は見た。彼女たちはそれはそれは誇らしげであった。私は引いた。


 ただ、不安要素が人的戦闘能力の不足だと言うのであれば、解決は容易だ。


「……なるほど。それでは、私とエルシオがいけば解決ですね」

「はい」


 エルシオいわく、収納魔道具の技術を応用した空間拡張能力で、万が一の場合は兵士全てを砦内に収容可能であり、魔物の氾濫(スタンピード)が引き起こされたとしても砦にさえ逃げ込めれば耐え抜ける。砦内ではある程度自給自足が可能な設備も完備。さすがにエイヴァのものほど緻密ではないが、一時的に魔物を通さない広範囲結界を張って閉じ込め、時間稼ぎをする機能も保有するし、魔物を自動迎撃も当然のように行うらしい。至れり尽くせりである。それはもはや『砦』と呼んでいい代物なのだろうか。引く。むしろ我々人間は必要なのかという疑問すら抱く。


 まあ、とにかく。砦自体は非常に優れたものであることはよくわかった。ただ、最大懸念は……。


「ただ……エイヴァ君は……今度こそ止められないでしょうね」


 私が思ったのと同時に、エルシオがそうつぶやいた。


「もはや私たちでも止めるのは至難でしょう。先日もさんざんもめましたからね、戦場へ行く・行かない、で」


 エルシオにそう返答して、溜息を一つ。どうにもベルキス将軍は甘い見積もりをしている節があるが、私たちは身をもってエイヴァの危うさを知っている。シャロンの施したという『保険』で、世界こそ滅びないだろうが、初撃は防げないらしいのでメイソード王国は滅ぶ気がする。


 ……ベルキス将軍としては魔物の氾濫(スタンピード)やエイヴァの暴走を利用してわがメイソード王国軍の瓦解を狙っているのだろうが、エイヴァが一撃でも本気を出したらメイソード王国軍どころかヴァルキア帝国軍も一人残らず屠られるだろう。


 エメとリクをどう利用してくるのかが鍵だが、ベルキス将軍は己の腹の内一つにすべてを秘めているようで、シャロンでも暴けなかったと手紙にあった。……いや、今の子供たちの立場であれば利用はやめることにしたかもしれないが、……あのベルキス将軍だ。正気ではない行動を平然と行うだろう。油断などもってのほかだ。


 だから懸念事項には切実におとなしくしていてほしい。おとなしくさせておきたい。だが。


「置いて行っても勝手についてきますよね。行先、エイヴァ君の『庭』の傍ですし」

「ええ、来るでしょう。シャロンがいない以上物理的に止める手段がありません。あのハリセン型封印魔道具も、警戒心の上がっているエイヴァ相手に行使は難しいですし」

「油断しないエイヴァ君は、ちゃんと最古の『魔』ですもんね。怒りかなにかで目がくらんでいれば隙をつけそうですけど、わざと怒らせる危険は冒せませんから……」

「同感です。勝手についてこられるくらいなら連れて行った方がましだと信じましょう」


 本当に、そう思って連れていくしかないところまで来ているのだ、かの人外殿のストレスは。


 ヴァルキア帝国軍の進撃具合にもよるが、――あと数日中には、再び戦闘が始まる。








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