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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/78 明滅(ジルファイス視点)


 『映像転送魔道具』……。まさか本当にこの短期間で完成するとは思わなかった。いや、かの研究所に所属する者たちの狂気を思えば当然の結果だったのかもしれない。


 戦場最前線と指揮官、あるいは王城とのスムーズな情報の共有・伝達、そして敵方の偵察等々この魔道具の利用価値は計り知れない。先ほど、魔道具の実践投入に向け、白熱した会議が終わったところだ。そして私はエルシオと共にランスリー公爵邸にやってきている。室内には本当に、私とエルシオの二人しかおらず、アリィすらも遠ざけていた。


 ――私がここに来たのは、エルシオに内密の話があると耳打ちされたためだ。エイヴァも盗み聞きができないよう、念には念を入れて兄上にお任せしてきたほどである。シャロンの居ない今、ある程度自由を制限されているせいだろう、日を追うごとに不機嫌に陥る周期が増えている取扱注意な人外をちらりと見た兄上は快諾してくださったが、その目は「埋め合わせはしてもらうからな」と言っていた。


 ともかく。そんな犠牲を払ってまでこの状況を作り上げたのだから、よほど重要な話があるのだろう。現にエルシオは重々しい表情で私と向かい合って座っている。


「……殿下。朗報と悲報があります……」


 そう口火を切ったエルシオは、なんだか見慣れた遠い目をしていた。私はいやな予感がした。ものすごく、嫌な予感がした。しかしすでに逃げ出すことはできない。


「……朗報から、聞きましょう」


 私は覚悟を決め、まずは少しでも心労を軽くしようとそう言った。するとエルシオはスッと分厚い封筒を差し出す。片眉を上げて彼の顔を見れば、エルシオはにこりと笑った。眼は遠いままだった。


「シャロンから、連絡が来ました」

「! 本当ですか!」


 本当に朗報であったことに私は思わず身を乗り出そうとする。が、遠い目のままにこりと笑ったエルシオの言葉で固まった。


「ちなみに手紙は、今朝起きたら枕元にありました。ああ、シャロンだな、と開ける前に思った僕の気持ちが分かりますか?」

「……」


 どこあろう、ランスリー公爵邸で、誰あろう、エルシオ相手にそれをやってのけるのはシャロンしかいない。シャロンしかいないが、それをするなら顔を見せろと言いたい。言いたいが、本当に無事であったことに安堵した。が、それはそれとして一発殴りたい……というような感情が複雑に絡まりあったのだろうと私は思う。正直私も同じ気分だ。


「私も言いたいことはいろいろあります。ですが、とりあえずは中身を拝見しても? いわく、『悲報』とのことですが」

「どうぞ、ご覧になって下さい。ちなみに中身も朗報と悲報が混ざってます」

「それは開けるのが恐ろしい手紙ですね」


 シャロンはこの約三か月という期間にいったい何をやらかしたのか。ここ最近ランスリー家の『影』たちの行動に振り回されることはあったが、シャロンの動向がうかがい知れたのはルフ殿に関するほんの一瞬のみ……。


 エルシオは、微笑んでいた。ふわり、と優し気な微笑みだった。眼は、どこまでも虚空を見ていた。


「……」


 私は深呼吸をして、手紙を開いた。目に飛び込んできたのはこんな文面だった。


『ごきげんよう、シャーロット・ランスリーです。本物証明は手紙が届いた事実自体でできていると思うわ。なお、この手紙は魔術でポンっとエルの所に送ったから、私はまだメイソード王国には戻っていないわ』


 そんなことができるのならばやはりもっと早く実行しろと言いたい。しかしそんな内心を見透かしたかのように、こう続いていた。


『手紙を送る方法は割と最近思いついた魔力運用方法の応用なのだから誘拐された当初はできなかったことをここに記しておくわ。それ以外にも、連絡しなかったのには一応いろいろ理由はあるけれど、そこは省略することにします。数日前のルフの件で私に関して報告が来ただろうし、私としても言っておくべきことができたから急遽手紙を送りました』


 形式も定型句も無視し、ほぼ口語で書かれているせいだろう。まるで目の前にシャロンがいるかのような錯覚に陥る手紙だった。なんであれ、そんな調子の文章が続いていたが、私は無心に手紙に目を通した。


 そして最終的にエルシオと同じように虚空を見つめる目になった。そっと手紙を封筒に戻す。


「……朗報は、エイヴァが暴れて私たちが犠牲になることはあっても、世界が滅ぶことはなさそうだという点と、エメとリク発見の報でしょうか」

「悲報は、シャロンが切れた場合の抑止が特にないということと、エメとリクの保護に手間取っているらしい点です、かね……」


 濃い。すでにこの朗報と悲報だけで十分内容が濃い。だがしかし、それ以外にもいろいろと書いてあったことには、シャロンは日々世界各地で発生する魔物の氾濫(スタンピード)を相手に戦っているらしいことや、いつものごとく忠誠心が永続的に向上していくタイプの信者を多数獲得したらしいことや、ベルキス将軍のもとに魔道人形を残しており、そこから(シャロンにとっては)少々の魔力を奪われているけれど量に対して質はさほどではない魔力を吸い取っていくように調節しているからあまり心配するなということなどなど盛りだくさんだった。私たちが戦争で走り回っている間、当然のようにシャロンも動き続けていたようだ。どんな時でもシャロンはシャロンであって本当にぶれない。やることなすこといちいち常軌を逸している。


「まあ、この情報をここまで秘匿した理由はわかりました。……シャロンも文中で言っていましたが、エイヴァですね」

「エイヴァ君ですね。子供たちが見つかったのは本当に喜ばしい限りなんですけど、事情が特殊すぎて何も考えずに奪還してくるだろうエイヴァ君には絶対に知られてはいけない案件ですよね」


 絶対にエイヴァはエメとリクの所に急襲をかけ、何も考えずに取り戻し、そのすべてのしりぬぐいを私たちがすることになるのだ。恐ろしい。何をもってしても秘匿しなくてはならない。


「……そしてエメとリクを簡単に取り戻せない理由というのもそれはそれで特殊でしたね。いえ、まさかヴァルキア皇族の血族であったとは夢にも思いませんでしたが、それよりも、ベルキス将軍周辺のメイドや侍従たちに……エメという少女によるゴリラ愛の布教が大成功を収めてしまっているとは……!」


 齢十歳の少女・エメ。恐ろしいほどの言論能力である。拉致されていった先での行為とは思えない。兄のリクがすべてを諦めた瞳で妹を見つめているのが容易に想像できる。六歳時点でエイヴァをゴリラ信者へと引きずり込んだあの子供の手腕は衰えを知らず、むしろ磨きがかかっているのだった。


 エルシオが虚空を見つめたまま、言った。


「ヴァルキア帝国……『強く心優しいゴリラ』って、相性よかったのかもしれないですね……。ゴリラ愛によって結ばれた絆ゆえにエメとリクに寝返りそうな者の選別に時間がかかるとは想定外が過ぎますよね」


 本当に。そもそも、最初に誘拐されて保護された子供たちもそうだが、シャロンの薫陶を受けたかの孤児院の子供たちは一様にこちらの想像を裏切ってくる。シャロンそっくりだ。










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