10/77 そして世界は交錯をする(小夏視点)
やばいな、この世界の人間。あたしはそう思った。あたしの女神であるシャーロット様は他の追随を許さない超越した存在であるのは当然として、女神以外の方々もいろいろぶっ飛んでるなとあたしでもわかる。王子様とかエルシオ様とか、魔王様的存在らしいエイヴァさんとか。
ちなみに、比較的普通の人だと思い込んでいたエリザベス先生はいま、あたしの目の前で叫んでいる。
「完成しましたわ! ……これでわたくしたちの勝利!」
目が完全にイっていたし、そう叫んだ次の瞬間ふらりと倒れてアーノルド様に抱えられて華麗に退場していった。あたしと、一緒にお祈り中だったイリーナ様は終始ポカーンとしていた。むしろ今何が起こったかよくわからなかった。
「……ほぁ?」
間抜けな声があたしの口から洩れたし、イリーナ様はエリザベス先生の心配をしていた。イリーナ様、優しい……。そんなあたしたちのところに、ややあってやってきたのはジルファイス殿下だった。
「申し訳ありません、お騒がせしてしまったようですね」
苦笑するお顔は目がつぶれんばかりの美形だったけど隠しきれない疲労があった。ただし王子様の登場に、優雅に礼を取るイリーナ様に倣って、慌てて頭を下げていたあたしにはちょっといろいろ気づく余裕がなかった。
一方で全然余裕だったらしいイリーナ様は流れるようにジルファイス殿下に椅子を勧めて、気が付いたらお茶会もかくやな状態になっていた。正直、自分がどう動いてこの席に座ったのか記憶がない。怖い。しかも目の前が目のつぶれそうな美形と美女。『美人は三日で慣れる』っていう言葉は真っ赤な嘘だよね、何か月たっても目がつぶれそうだよ。
それはともかく、先ほどのエリザベス先生の奇行……いやいや、叫びについてジルファイス殿下が教えてくださるらしかった。
「実は、魔道研究所で開発されていた魔道具がついに完成したようなのです。寝る間も惜しんで尽力してくださったターナル男爵夫妻は少々、気分が高揚して、魔道具開発の発想起点となったコナツ殿に感謝を伝えるべくこの部屋に足を運んだようですね」
へー、そうなんだぁ。すごーい。……って、
「ふぁ!? あれ? あたしが起点って言いました?」
「はい。……私たちはこれより、魔道具の性能を確認する予定なのですが、イリーナ様、コナツ殿もご一緒にとお誘いに伺ったのです」
きらきらした笑顔でジルファイス殿下は言った。あたしはぽかんとしたまま顔をイリーナ様に向けた。にっこり微笑みを返してもらった。マジ美形と美女。え? いつもの様子見で来てくれたやつじゃなかったの? むしろ確実な捕獲のため的な? ……コレお断りとかできなくない? 『お返事は「はい」か「イエス」で答えてね!』ってやつだよね? 笑顔の圧力でつぶれそう。マジ美形と美女……。
というか、魔道具の見学ってことはこのお屋敷から出る……のかな? そうだよね? ここ数か月完全なる引きこもり(お屋敷広すぎる上に何でもありすぎて全然困らなかったし何なら適度な運動を含む超健康的な生活をしていたけど)やってたあたしとイリーナ様、出ていいの?
そんなあたしの疑問は筒抜けだったんだろう。ジルファイス殿下はきらきら笑顔を一ミリも崩さないで教えてくれた。
「行先は王城ですし、関係者以外立ち入り禁止ですから大丈夫ですよ。安心してください。エルシオもいますし、安全確保は万全です」
「あ、はい。ありがとうございます……?」
あたしの中で関係者=美形の集団という方程式が成り立っている。間違ってない。多分エルシオ様と、ラルファイス殿下と、国王様と、王妃様、あとネイシア様とかルーファス様とかそのあたりだよね。そうそうたる面々過ぎる。美形と美女の頂点みたいな集団じゃん。あたしの眼玉生き残れるかな……? むしろそこにあたしって必要なの? いらなくない……? と、そう思った時だ。
「なんでも、魔道研究所所長であるターナル男爵夫人が、コナツ殿の異世界人としての意見をいただきたいとのことですよ」
心を読まれた……? そして逃げ道ふさがれた……。
「そ、そうなんですかぁ……は、はは……」
引きつり切った笑いしか出なかったのにジルファイス殿下とイリーナ様は最後まできれいすぎる笑顔だった。そして善は急げ、というよりも時間の関係で本日これからお披露目会があるようで、嵐のように身支度を整えて王城に引っ立てられ……ちがう、連れていかれた。
……うふふ、このシンプルなのに豪華、ピッカピカに磨き抜かれて最高級品しかないんだろうなという部屋に、どんな経路でたどりついたのか全然思い出せない事案再びだったよ……。気づいたら若干の哀れみを浮かべたエルシオ様の隣に座ってた。多分周囲の心遣いだった。
だってエルシオ様、はかなげな美貌が際立っているけど、はかなげだからこそ目が痛いほどにきらきらしているジルファイス殿下より目玉に優しいもん。……でもその憐みの視線であたしの心がすごく痛いですエルシオ様……。
それはともかく、集められた人たちは予想通りの面々、プラス宰相様と騎士団長様、あとよく知らない人もいたけど軽く挨拶だけして、堅苦しいことは時間の無駄だからという国王様の言葉に早々に魔道具の説明が始まった。宰相様が大きなため息をついていたのは見なかったことにした。だって全員そうしてた。
そして始まった魔道具のお披露目。だけど、席に着いた時点で、ん? とは思っていたんだ。だって、学校みたいな感じで何列か椅子が並べられて、正面の壁は真っ白で、その真っ白な壁とあたしたちが座る席の間になんか四角い装置――多分あれが魔道具――が置かれていたから。……こういう光景、見たことあるなって。
ん~? と思っていたら、正気を取り戻したエリザベス先生が出てきて、とてもいい笑顔で魔道具を起動させたんだよね。全然もったいぶらない素早い起動だったよ。
そんでブウン……という音がして、魔道具から出る光が白い壁に当たって……そこに映し出されたのは、魔術学院の門だった。
そう、端的に言うと、その魔道具、映写機だった。いや、音声来ないしリアルタイム映像だって先生が言ってたから、機能的に監視カメラっぽい……? あ、でも定点カメラじゃないしやっぱりテレビ? ともかく、担当の人が手でテレビカメラ的なものをもって映している映像が、目の前のスクリーンにリアルタイムで写ってますよっていうやつだった。
「おおお……! なんと、これが本当に実現するとは……!」
「ええ、ついに完成いたしました。『映像転送魔道具』でございますわ」
室内ではどよめきが起こり、エリザベス先生が紹介を続ける。みんなすごく興奮しているみたいだった。テレビがある生活に慣れているあたしとしては魔術が機械を再現したっていう感動があるものの、なんでそんなにこの世界の人たちが興奮しているのかはちょっとわかんない。いや、テレビ(無音だけど)初体験ならああいう感じなのかな?
「これがあれば、王城にいながらにして戦況の把握が可能ですな!」
違った。戦争でめっちゃ使えるよねって話だった。あああ、そうだよね、今一番それが問題だよね、そういう感じかぁ……。あたしにその発想はなかったよ……。
顔面引きつった。引きつってるのに、エリザベス先生は容赦なくあたしに感想を求めてきた。やっぱりあたしが話した『テレビ』から着想を得て開発に至ったんだって。そっかぁ……。
「コナツさん、『てれび』をご存じのあなたから見て、この魔道具はいかがですか?」
「あの、すごいと思います! あたしの国ではテレビって最初にできた時は白黒だったらしいんですけど、最初っから本物と同じ色の映像で、タイムラグ……時間差もなく写ってるんですよね!」
正直この魔道具の原理が全然わかんないし、ぶっちゃけテレビの仕組みもよくわかってはいないあたしのがばがばな説明で作れたことがヤバいと思う。あの魔道研究所の人たちホント努力惜しまなすぎだよね。生存に必要な最低限の行為すらおろそかにしてるくらいだもんね。
そんなあたしの言葉に、なるほどとうなずく人や満面の笑みを浮かべる人など色々いたけど、エリザベス先生はいい笑顔のままこぶしを握った。
「コナツさんの故郷では、音声までも届けるのですわよね。あいにくとそれはこれからの研究課題ですけれど、今できる最高の結果がこちらですわ、皆様」
そして室内の人たちを見渡せば、そこには真剣な顔が居並んでいる。
……そっか。うっすら王子様達やエルシオ様から聞いていたけど、最終決戦が近いんだ。