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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/76 それは、終わらぬ恐れゆえに塞ぐのか?(エルシオ視点)


『……捕縛したバディア商爵は沈黙を保っております』


 ルフさんからの報告を、僕たちはいつものように執務室に集まって聞いていた。最初から最後まで口を挟まずに顛末を聞いたけれども、これまでになく危うい作戦になってしまったなと反省する。あと、皇帝陛下はうちの国王陛下以上にチンピラ……いや、自由であることを隠していなくて戦慄した。


「無事でよかったよ、ルフさん。……ウィルネラム皇子殿下を救出した時、無線機を通して君たちを守ったのは、シャロンで間違いないんだね?」

『間違いなくシャロンお嬢様でございます。魔術の速さ、練度、美しさ、何より魔力気配と温かさに加え荘厳ささえ感じる……』

「判った、ありがとう! 確信しているならいいんだ! シャロンは本当にまっっったく連絡してこないからね、ルフさんたちを守るくらい余裕をもって行動しているのが分かっただけで安心したよ!」


 終わりの見えない賛美に割って入った僕は間違っていないと思う。僕とシャロンのことを美化しすぎているよね、彼女たちは……。そんなことはもう十分わかっているから、生暖かい瞳で僕を見ないでほしいです、殿下たち。どうせあなたたちの部下も似たような感じで心酔しています。感情の発露がうちの皆より控えめなだけです。


「んんっ。……ところで、ザキュラム皇帝陛下とロッセイ公爵は、どうなったのかな?」


 咳払いで話を変える。こちらも重要な確認事項だ。何しろロッセイ公爵はザキュラム皇帝陛下の腹心であり右腕、ヴァルキア帝国を二十年も皇帝陛下とお二人で切り盛りされてきたお方だ。ジルファイス殿下たちの顔も、真剣さを取り戻す。


 けれど、ルフさんの答えは淡々としていた。


『問題ございません。ロッセイ公爵は皇帝ご一家に土下座で謝罪を繰り広げ、涙ぐむ皇妃殿下を皇女殿下に預けた皇帝陛下と、お二人で拳で語り合ってわかりあっておられました。そしてシルヴィナ皇女殿下とウィルネラム皇子殿下にすら残念なものを見る瞳で見つめられた挙句、戦後に罰金・奉仕活動を含めて馬車馬よりもロッセイ公爵を酷使したうえで宰相の地位を次代に譲るということで決着いたしました』

「……そうなんだ」

「……なぜでしょう、処刑すら厭わず厳罰を求めるロッセイ公爵と、そんな風に無駄にするくらいなら働いて償えと迫る皇帝陛下が見えるようですね」

「きっと激しい戦いだっただろうね。ジッキンガム卿がそのその光景を、感情の一切を排除した瞳で見守っていただろうことまで目に浮かぶようだよ」


 ルフさんの答えに、僕、ジルファイス殿下、ラルファイス殿下はそれぞれの感想をこぼした。殿下方の想像には同意しかできないし、ルフさんから否定の言葉が返らないのはつまり肯定と同義だった。


 それはともかく、彼女たちの無事を再度確認したところで報告が終わり、無線機は沈黙をした。


「……はっきり言ってしまうと想定していたよりも紆余曲折はあったが、結果的にベルキス将軍の手ごまはかなり削ることができた」


 改めて口火を切ったラルファイス殿下に、ジルファイス殿下がうなずきを返す。


「はい、兄上。紆余曲折はだいぶ特殊な紆余曲折だった気もしますが、確実に勢力を削りつつ、国境の防衛に成功しています」

「戦線はずいぶん西……『秘魔の森』のほとりまでずれ込んでいますよね。ルフさんたちの報告から推測するに、交戦時に人為的な魔物の氾濫(スタンピード)をもくろんでいると疑うべきだと思います」


 僕は地図を指し示し、次の戦地になるだろう場所をくるりと指で囲う。


「そうだな、エルシオ殿。だがそれではヴァルキア帝国軍も甚大な被害を受けることは間違いない。それに対する策として何を隠しているかが気がかりだな」

「孤児院の子供たちの行方も、いまだつかめていないことも大きな問題ですね。エイヴァに対して何らかの策を練っている――具体的には、子供たちを使ってエイヴァを暴走させようとしているのだろうとは思いますが、どの場面でその手札を切ってくるのか予測ができません」


 ラルファイス殿下のため息に、ジルファイス殿下もトントンと指で机をつきながらおっしゃった。もちろん僕らも情報収集は常にしているけれど、限界はある。ランスリー家の『影』、王族の部下、彼らには今も頑張ってもらっているものの、あまりに帝国は広大で、ベルキス将軍は隠し事に慎重だった。特に、エイヴァ君に関することは万全を期しておきたいというのに。


「エイヴァ君が暴走したら、最悪世界が滅びますけど……ベルキス将軍は『魔』を侮っているのでしょうか?」

「これは私の推測だが、将軍は前ランスリー公――アドルフ公を最高値として魔術を考えているのではないか?」


 僕の疑問に、少し考えながらラルファイス殿下が答えた。ぱちりと僕は瞬きをする。アドルフ・ランスリー前公爵閣下。シャロンのお父様であり、僕の書類上の義父になる。すさまじい魔術で二十年前の戦争を終結に導いた『紫の瞳の鬼』。


 僕は、自分自身でアドルフ様の魔術を見たことはない。僕が知る最高の魔術師はシャロンであり、最強の魔術師もやっぱりシャロンだった。そしてシャロンは、世界くらい滅ぼせるエイヴァ君より強いたった一人の人である。


 ……正直、どう考えてもシャロンはアドルフ様を超えていると思う。もちろん僕にはアドルフ様の実力は伝聞や記録しか知らないし、話に聞くアドルフ様のひどくやさしいご気性もあって、二十年前の戦争で使用された大規模殲滅魔術が彼の全力だったのかすらご本人であるアドルフ様にしかわからない。


 そう、アドルフ様にしかわからないんだ。もしかしたら奥様であるルイーズ様もおわかりだったかもしれないけれど、少なくとも僕も知る記録に残るそれは、ベルキス将軍が目の当たりにした魔術だ。つまりその魔術を、ベルキス将軍も、『アドルフ・ランスリー公の実力』であると認識しているのだろう。


 そしてその『アドルフ・ランスリー公の実力』は、僕の知るシャロンの力に圧倒的に及ばない。だから僕は、記録上、どう考えてもシャロンはアドルフ様を超えていると思う。


(……でも、そうか。ベルキス将軍にとっては、シャロンの本気を目の当たりにしたことがないんだ)


 何しろ彼女の実力は高すぎて、いろいろとあれだったのでやらかす時にはやらかしても大丈夫なように自ら堅固すぎる結界を張ってその中で魔術を行使していた。つまり間者もその本気を目の当たりにする機会がなかった。


(だから、自分が知る中で最も高度な魔術を行使したアドルフ様が基準になった……?)


 それはあると思う。けれど、ベルキス将軍ほど用心深い人物がそこで思考を止めるのかとも疑問に思う。と、そこでジルファイス殿下が口を開いた。


「兄上のおっしゃることはわかります。加えて、二十年前の戦争はあまりにヴァルキア帝国に恐怖を与えたのでしょう。『紫の瞳の鬼』と、畏怖され伝説になるほどに。……ゆえに、無意識に思考を拒否をしているのかもしれませんね。思い込んでいる……思い込みたいのかもしれません。『アドルフ公以上の脅威などない』のだと」


 それは、わかる気がした。確かに僕も、『シャロン以上は存在しない』と思っている。世界中しらみつぶしに探したわけではないのだから、僕のこれも一つの思い込みなのだろう。いや、シャロン以上がいたら恐れ戦くし、世界を滅亡させない穏やかな人であることを心底願うしかできないけど。


 ただ、そのベルキス将軍の思い込みが事実ならば、恐ろしいほどの『爆弾』になる。ベルキス将軍側にとってだけではなく、僕たちにとっても。


 加えて、どうやらシャロンは自由の身(確定)であるというのに、ベルキス将軍側では『シャロンを逃がした』という騒ぎや動揺が見られないことから、何らかの手段でシャロンが逃亡をごまかしていることが分かる。魔力至上主義であるベルキス将軍が最も求めるのは当然ながら『シャロンの魔力』なのだから、逃亡を気付かれない程度に(かつ、シャロン的に何の問題もない程度に)シャロンの魔力がベルキス将軍にわたっているとみるべきだ。よって、僕らはその『シャロンの魔力』を彼らが『利用』するのではないかと危惧しているのだ。


 残念だけど、シャロンに問題なくても僕らに問題がある量の魔力である可能性はある。いや、シャロンのことだからすべて計算しているとは思うんだけど、割と対処できるぎりぎりを狙ってきたりする人なんだよねシャロンって……!


(少なくとも、アドルフ様が放った大規模殲滅魔術は覚悟すべき……?)


 僕の眼は遠くを見ていたし、殿下方も同様だった。それでも、時間は待ってはくれないのだった……。







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