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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/74 『影』第一分隊『宝瓶』隊長ルフ(ルフ視点)


 首を掻き斬る音、そしてロッセイ公爵の絶叫。


 ――実はワタクシは、ソレイラ殿とつながっていた無線機とは別に、皇帝陛下とつながっている無線機から流れてくる音声も聞いていた。皇帝陛下には無線機の存在は秘匿しているため、『宝瓶』隊員のうち一人が中継役として無線機を所持しているといった方が正しいが。


 ともかく、爆発と同時だったうえにその後の危機、お嬢様によると思われる救いなどがあったためにところどころ聞き逃したが、この中継によっておおむね皇帝陛下側の流れもつかんでいた。そしてすべて作戦通りである。発狂したロッセイ公爵が皇帝陛下に駆け寄る音がする。その直後だ。


『ジューリアーンくーん。つーかまーえた』


 何も知らないでやられたら相当恐怖体験になるだろう声で、皇帝陛下ががっちりバッチリロッセイ公爵を捕縛したのである。ロッセイ公爵の再び発狂した声と容赦のない罵声が聞こえたが、捕縛は完了したと部下も言っている。応接室になだれ込んで来ようとした私兵たちもワタクシの部下が対処済みだとのことだ。


 ……そう、皇帝陛下の自殺は演技だ。意外な特技だと驚嘆するけれどもそれ以上に実にたちが悪いと言わざるを得ない。――が、この後の作戦としてロッセイ公爵は抵抗されるとちょっと邪魔だと思うくらいに戦闘能力が高いので、確実に捕縛してもらった方がこちらとしても都合がいい。この部分の作戦を練るにあたって、正々堂々を皇帝陛下は主張していたが、それこそ作戦の邪魔になるので却下した。なお、作戦を詰めるうえでだんだんとノリノリになり、いい笑顔で皇帝陛下は言った。


「これはあいつが馬鹿をやらかしたお返しだ!」


 あの笑顔では、おそらく自分の右腕が何を思い詰めて今回の行動に至ったのかおおよそ見当がついているのだろう。もしかしなくても皇帝陛下はこれ以上なくブチぎれていた。


 それは予想の範疇だが、だからと言ってここまでトラウマになりそうな筋書きにしろとはワタクシたちは一言も言っていない。気をそらしたすきに身うごきを封じることができればよかったのであって、心の急所を刺せとは、言っていないのである。


 だが笑顔で『正々堂々』からかけ離れた筋書きを組み立てた皇帝陛下は譲歩せず今に至る。重ね重ね行動が極端な主従であると思うとともに、思い込んだら最後、突っ走る属性はヴァルキア帝国民共通だなと思った。


 ともあれ、そちらはそちらで、この作戦を完遂した後に話し合いでも殴り合いでもして、和解だか決別だかをしてくれればいい。ワタクシたちはそこまでは面倒を見ないし正直興味もない。ボスたちの邪魔や憂いにならなければ、どうでもいいのである。


 それより今はワタクシ自身がやるべき仕事を終えねばなるまい。目の前にはバディア商爵と彼を守る私兵、持ち場へと散っていった部下たちと、敵を引き付けながら逃げていった皇女殿下およびソレイラ殿。


「無駄だ、儂の屋敷からは逃げ出せない……!」


 叫ぶバディア商爵。……否、バディア商爵が憑依しているモノ。そして襲い来る私兵たち。ワタクシはそれらを次々と切り捨ていく。連撃はさすがの一言、こちらに魔術を唱えさせないつもりだろう。けれど、彼らはワタクシ達が『知っている』範囲をどこまでだと認識しているのだろうか。いずれにせよ彼の叫びは的はずれだと、ワタクシは嗤う。


「逃げると、誰が言った?」

「な、」


 クナイを一閃。私兵をなぎ倒し、空間が開く。ずいぶんと数を減らした兵が再び襲い来る前に、ワタクシは練り上げた魔術を展開した。


 ――この魔術からは、逃れることが無意味だ。



「風よ……風神葬送『かざぐるま』」



 床にたたきつけた手のひら、ほとばしる魔力の光。ワタクシを中心に、らせん状に回転する風の刃が噴出した。前後左右上下、くまなく奔る刃は床も壁も貫いてゆく。――人間だけを、避けたまま。


 商爵や私兵たちが逃げようが怯えようが意味はない。これ(・・)が切り刻むのは、指定範囲内にある『人ではないすべて』だ。


 暴風の中心に立つワタクシ以外は床にへたり込み、ギリギリで吹き飛ばされることを耐えている。この邸は三階建て、今いるところは一階の奥だ。……そもそも、この邸はロメルンテ公爵家の結界魔術陣を参考に建てられたらしく、外部からの進入禁止も、内部からの逃亡防止も、どちらも建物の構造に組み込まれている魔術陣によって成り立っている。だがロメルンテ公爵邸ほどに強固な魔術陣は構築できず、建物自体への破壊防止機構も貧弱だ。よってすべて壊すことにした。そうすれば敵の一掃が楽になるうえ、自動的に結界も壊れ、ワタクシたちがこの後帰るのも楽になるという利点があった。


 床、壁、天井、柱、貫き砕いて塵と化す。崩壊の音がする。人を避ける風刃は、その塵をも落下する前に吹き飛ばして後には人間以外の何も残らない。


 暴風が収まった時、あたりは白く降り積もる塵とそれにまみれた人間たち。


「――は?」


 呆然とつぶやいたバディア商爵はへたり込んだまま……次の瞬間には風魔術で拘束されていた。それはワタクシの仕業ではなく、南北に散ったケイラとダブによるもの。そのほかの部下は皇女殿下や皇帝陛下の守護に加わったり、外部にこの事態をもらして騒がれないように目くらまし・防音の結界を張ったりとそれぞれが動いている。


「……つかまえた」

「……っ!」


 ワタクシを振り仰ぐバディア商爵、けれどその目の光は失われていない。……ああ、なるほど。


「逃げるのは無駄だぞ」


 忠告をしておく。しかしバディア商爵は己が仕掛けた魔術を解き、その場に似ても似つかぬ『誰か』の死体を残して去っていった。……予想通りだ。


「……無駄だと言ったのだがな」


 商爵の魔術のタネは既に割れている。その対抗手段もだ。ましてやバディア商爵はラクメイナム騎士爵に比べて魔術の練度が低い。――つまり、本体に逃げ帰る魂の追跡も可能だ。なぜならばそれすらも魔術による帰還であり、痕跡を追えばいいからだ。外に残していた部下たちが、今頃は本体の居場所を突き止めているだろう。


「隊長。捕縛終わりましたヨ。全員収納魔道具につめましタ」

「予定よりちょっと死者が出ちゃったっすね。いいコマ揃えてたから甘いこと言ってらんなかったっすけど」


 誰とも知らぬ死体の、見開かれたままの瞳を閉じさせていたワタクシに、そう声をかけてきたケイラとダブ。皇女殿下とソレイラ殿、皇帝陛下と(白目をむいてぐるぐる巻きになっているが)宰相閣下も無事を確認した。


「任務は完了だな。戻るぞ、エル様にご報告をしなければ」


 この周囲の住民は、今は結界のおかげで何も気づいていないが、いつまでもそうしてごまかすのは無駄な労力だ。よって住民にとっては『気がついたら邸が消失していた』という怪奇現象を味わってもらうことになるが、仕方がないだろう。戦闘に巻き込まれなかっただけ平和である。


 何であれ、ワタクシたちはそんな怪奇現象は知らなかったということにするために、この場から姿を消すことにしたのだった。











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