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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/73 ヴァルキア帝国宰相ジュリアン・ヘルク・ロッセイ公爵(ジュリアン視点)


 私はロッセイ公爵家の三男として生まれた。長兄、次兄と才覚に不足はなく、本来であれば家督を継げるような立場ではなかったのだ。だから家での扱いはそれなり……というよりはほぼ忘れかけられた存在だった。教育こそ家格にふさわしいものを受けさせてもらえたが、家族と食卓を共にしたこともなければ手をつないだことすら記憶にない。


 家が嫌いだった、と思うほどの感情はなかった。どちらかと言えば私にとっても、家族は限りなく他人に近い感覚であった。誰かに気にかけられることはなかったが、使用人たちの仕事は事務的でありつつも丁寧で、衣食住も教育も不自由はなかった。


 そんな無味乾燥な私の生活が一変したのは、ザキュラム陛下――当時はまだ皇子であった彼はザキュラム・アセス・サリム・ヴァルキア殿下であったが――に、学園で出会ってからだ。


 なお、ヴァルキア帝国はその巨大さもあって、皇族・貴族が通うような格式の高い学校も複数あったし、殿下方もその中からご自身に合う学校を選択していた。むしろ学校に通うことは義務ではなく、家のしきたりや本人の希望によって独学や家庭教師を雇って学ぶという選択肢もあった。自由度が高いといえばそうだが、教育レベルに統一性がないといえばそれもしかりで、良し悪しな制度である。


 ともかくも、私もそんな数ある中から選び、通った学園で彼と出会ったのだ。それでも私の方が一年後輩ではあったから、実際に交流が始まったのは成績上位者で構成され、学園内の統治を一部担う、学統会だった。聞こえはいいが基本的には高位貴族の子息が集められていたため、あの学園に入学した時点で出会いは必然だっただろう。


 そしてなぜか――本人曰く白けた目が気に入ったと意味不明な言葉を後日もらった――私はザキュラム殿下に目をつけら、いや目をかけていただいたのだ。学園生当時は『ラム先輩』、と呼ぶことを許していただいたし、私も『ジュリ』、と愛称で呼ばれていた。


 そのラム先輩は当時から通常運転で破天荒であり、毎日毎時間振り回されたのは否定しようもないしする気もない事実ではあるのだが、確実に私の日常は変わった。


 当時のラム先輩は皇帝陛下の正妃の第三子。側妃様方のお子様もたくさんいらっしゃったが、いろいろと覇権を競った挙句、学園の二年生、つまり十六歳であった時には第三皇位継承権を持っていた。そんな彼は口癖のように言っていたのを、今になっても覚えている。


「俺さあ、絶対皇帝とかむいてねえんだよなあ」


 と。最初は私もそんなことはないとやんわり否定をしていたような気もするが、付き合いが長じるにつれ同意しかしなくなった。……まあ、学統会でのラム先輩の振る舞いを見れば、皇帝として即位すれば破天荒ながらもそのカリスマ性で帝国を導くのだろうとも思っていたが、能力ではなく性格として、向かないのだろうと私もわかっていた。


 向いていないと口にするラム先輩は、たった一度だけ、こうこぼした。


「……家族とか、友達とか。本当に大事なものだけ大事にできればいいんだけどな」


 それが悲哀だったのか、あきらめだったのか、ただの愚痴に過ぎなかったのかは判断ができなかった。判ったのはそれが本音だということだけ。


 ……それが本音だったということだけはわかったのに、私たちはいつの間にか皇帝と公爵、そして皇帝と宰相となっていた。


 あなたはそれを望まなかったのではなかったのか、そんな言葉は押しつぶされたのだ。それは私自身も同じで、繰り返された戦争に兄たちは倒れ、目もむけられなかった私が公爵となった。その時の父母の顔は覚えていない。ただ、とっくに学園を卒業し、皇帝となったラム先輩が、公爵邸まで押しかけて私を捕まえて言った時の言葉と顔はよく覚えている。太陽のようにからりとした笑みであったその顔を。


「私の補佐はジュリの仕事だろ?」


 相変わらずの傍若無人によって、私は宰相の座に若くしてついたのだった。もちろん周囲の反対もあったし、私自身もその頃には遠慮もなくなっていたのでふざけんなとばかりに思い切り殴りかかり、殴り返され、乱闘となったが結果はご覧のとおりである。


「ああ、もう、とことんやってやりますよ! あんたじゃなければここまでしませんからね!」


 そう叫んだ私に陛下は大声で笑ったのだ。――私は、彼のためならとことんやってやろうと、覚悟を決めた。その覚悟は、もっと昔に決まっていた気もする。


 そしてそれから二十年余り。……苦楽を共にしたといえば美談にも聞こえるが、脳直で行動する陛下の言動を解読して補佐する全然簡単じゃないお仕事の連続だった。皇女殿下の留学騒動もその一つだ。もっと前に言えや、と定期的に殴り合いが起こるのが私たちだった。


 ただそれでも、陛下は無能ではなかった。脳直だし傍若無人だし脳筋ですらあるが、昔思ったとおり、陛下は戦争で混沌としていた広大な帝国をうまく治め、大小の反乱も抑え込み、制度や仕組みを再編し、ヴァルキア帝国は二十年かけてゆっくりと確実に安定に向かった。


 その中でも、ただ一人生き残った弟君、ベルキス将軍閣下を昔から警戒していたのは、知っていた。だからといってあからさまに冷遇するようなことはなく、実力で将軍位まで上り詰めたベルキス様を認めていたようにも思う。


 ……結果としてその警戒は正しく、けれど足りなかったがゆえに今に至っている。過去に戻れるのならば、この事態を防げたのかと言われればわからないとしか答えられない。あの野生動物のように勘の鋭い皇帝陛下すらも見誤ったのだから、私一人の力で防ぐのはおそらく難しいだろう。


 まあ、妄想に意味はない。そこかしこにいつの間にか送り込まれていたベルキス将軍の配下たちを警戒しながら、城の中でも気を抜けないまま政務をとっていた時だった。ベルキス将軍が私に、接触してきたのだ。彼は腹の探り合いのような会話の中、言った。


「陛下は昔、皇帝の座を欲してはいなかったのをご存じですか?」


 世間話のようなそれに揺らいだのは――学園生時代の本音を覚えていたからだ。一瞬、ラム先輩が、皇帝の座を降りる機会が目の前に差し出されたと思った。一度背負ったものを容易に見捨てない彼に、その機会を差し出せると。一方で、利用されるふりをしてベルキス将軍たちの動きを阻害できないかとも考えていた。


 本当に陛下と同じ血を引いているのかと思うほどにベルキス将軍は狡猾だ。私の思惑や葛藤は見抜かれていただろう。それでも私に接触をしてきた。つまりそれは、その時点でそうしなければベルキス将軍にとって陛下の完全排除は困難だった、ということの示唆だ。


 断った方が短期的には安全だろう。だが、今後も永遠と安全かと言われればそうではない。乗った方が敵の動きの予測がしやすく、そしてある程度のけん制もしやすい。長期的に見れば利がなくもない。


 考えを巡らせていた私の脳裏に、『うまくこの事態を利用すれば、かつてラム先輩が望んだことを実現できる』という思いがよぎらなかったかといえば嘘になるだろう。


 そして結局、私はベルキス将軍の手を取った。


 それから城で賊に襲われ、逃亡した後。ランスリー家の『影』に保護されるより前に、『黒瑪瑙オニキス』の者と接触をした。その者に今回の作戦を聞き……否。私が誘導したのだ。この構図になるように。皇子殿下を誘拐し、解放の交換条件として皇位譲渡を要求する」、という。


 ……ベルキス将軍やバディア商爵としては、最低でも皇子と皇帝殺害が狙いと知っていた。だが、実行した。ベルキス将軍ではなく、私の作戦を成功させるつもりだったから。


 あの時脳裏をよぎった思いが、私を動かした。


 ロッセイ公爵家には昔から伝わる秘宝が二つある。人ならざるモノが作ったといわれる魔道具。一つは擬態。全くの他人にその姿を偽装できるものだ。そしてもう一つが身代わり。これは、使用者の死を一度だけ、他人に転嫁できる……つまり、他人を身代わりに死を回避する魔道具だ。


 私はそれを使った計画を練っていた。対象者は私と、陛下と、ウィルネラム皇子殿下。『塞の玻璃箱』が発動した瞬間、身代わりで私が死を引き受けるように。その時、私は陛下に擬態し、『ザキュラム・アセス・ゼノム・ヴァルキアの死』をも装うのだ。同時に陛下にも、他人の擬態を施せばいい。私は陛下の強さを信じている。混乱に乗じて逃げ延びると確信していた。皇妃殿下はこの邸までくることはないとわかっていたし、来るかどうか五分の可能性だった皇女殿下はジッキンガム卿が必ず守る。


 陛下たちは死を装い、そのまま逃げればいい。その状況になれば――この後戦争がどう転んだところで、ラム先輩は皇帝位に戻らなくて済む。それを選べる。


 そのはずだった。そう思い込んだ。なのに。なのに!


「俺の家族を今度こそ守れよ、ジュリ」


 陛下は自らの首を――掻き斬った。


「ラム先輩!!!!?」


 私の悲鳴のような絶叫と、この邸のどこかで轟音が鳴ったのとが、同時だった。







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